2010年04月30日

国と地方の財政規模(2010年4月30日)

 国の財政規模は37兆円、地域の財政規模は76兆に試算している。私たち東北州政治家連盟の考え方の予算である。

 ここで気になるのは地方交付税や補助金を廃止して新たに税の仕組みを変えたとして、国も道州も市も財政的に本当にやっていけるのかということである。

国、都道府県、市町村が担っている役割を国、道州、市町村に区分けをし直すと、それぞれ財政規模が大きく変わってくる。

 例えば2007年の国の財政規模は83兆円であったが、これがほぼ半分くらいになる。

 その削減の内訳は、・地方交付税制度の廃止で15兆円。・徹底した行財政改革による公債費の削減で17兆円。・役割の再編に伴う国庫支出金の削減で合わせて15兆円。

 これら47兆円を83兆から引いて国の財政規模は、37兆円となる。一方、現在の地方の財政規模も合わせて83兆円程になっているが、公債費の削減で13兆円、その他合併による歳出削減14兆円によって56兆円となる。

 これに、国からの権限移譲によって行う行政費用として義務教育の負担や社会保障関連費、ならびに公共事業費20兆円を加えると地方の財政規模は76兆円となる。

 国も地方もそれぞれに財政規模が縮小されるが、歳入の方はどうかというと、税源移譲後のそれぞれの歳入を見ると税収と諸収入を含めて国がほぼ40兆円、地域が合わせて75兆円になると計算している。

 つまり、ほぼ予想される歳出をカバーすることができる。もっともこの数字は、現在の数字をもとにして粗く算出したものであり、細かく積算すると数字に多少のずれが生じることはありますが、それはあまり大きな問題ではないと思いますが・・・。

 しかし、重要なことは道州・市町村がそれぞれの権限で歳出と歳入をコントロールできるという点であります。皆さんはどう思われるだろうか・・・・・・・・・!。

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2010年04月29日

人間臭い(2010年4月29日)

 ようやく暖かさを感じさせる天候になってきた。野鳥の会の顧問をさせて頂いているが、その総会で大崎に姿を見せたコウノトリの話題になった。

 水田に入って餌をついばむ姿は田の草取りをする人の姿にとても似ているそうだ。

 コウノトリは一旦ペアになるとめったなことではペアを解消しない。すなわち夫婦は生涯連れ添い、営巣や育雛といったこともペアで協力して行うそうだ。

 こういった行動は、全く人の家庭生活の鏡となる振る舞いである。それでも生き物のことではあるが、問題がないわけでもない。

 まずは巣作りである。巣に対する執着は、オスの方が強烈である。巣作りはペアで行うが、オス一羽でも巣作をするそうだ。その巣に対する執着は、凄いそうだ。

 なかには巣作りに非常な熱意を燃やし、近づくメスさえも攻撃して追い払うものがいてなかなかペアになれず、なんの為の家作りかと思われるような行動さえもみられる。

 しかし、ペアを見ているとメスの力がとても大きいそうだ。ペアの年齢構成を見ても同年齢か姉さん女房が多いそうだ。

 オスが年長というペアは、今のところ2005年に半世紀ぶりに野に放たれたコウノトリのペアからは見当たらないとのことである。

 メスの中にはペアになることを予想されていた仲良しの2羽からオスを強奪したものもいるそうだ。今風に言うと略奪婚ということになる。

 また、年長のメスがまだ2歳になったばかりの若いオスを勧誘してペアとなり、雛を育てた例もあるそうだ。

 あまりにオスが若いので本当にそのオスの子かどうかが問題に思うようなこともあったそうだが、雛に対する育雛行動はオスにも強く表れるそうだ。

 コウノトリの夫婦も全く人間臭いと言うことを教わった。

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2010年04月28日

過剰ドル(2010年4月28日)

 近年の世界経済はバブルの膨張と崩壊というドラマを繰り返してきた。

 1970年代末の中南米のバブル、80年代後半は日本バブル、90年代半ばの東南アジアバブル、90年末の米国ITバブル、そして、2000年代のサブプライムローンに代表される米国住宅バブル・・・・・・・・・・・。

 世界経済が主役を変えながら、バブルをリレーしてきた。それはなぜだろうか?。まず考えられるのは、米国の国際収支赤字の拡大で世界中に散布されてきた過剰ドルの存在を抜きには考えられないのではないだろうか。

 過剰ドルは、1971年のニクソンショックを契機として発生するようになったとも言われる。                                                  第二次世界大戦後の国際通貨システムであるブレトンウッズ体制では、基軸通貨国である米国とその他諸国との間において固定相場制が採用されていた。

 米国以外のその他諸国(西欧・日本など)は、ドル基準相場(日本では1ドル=360円)の±1%という固定変動幅を維持するためにドル市場介入を行うとともに、ドル準備を保有していた。

 これに対して米国はそのドル準備を金1トロイオンス=35ドルで金を交換する義務を負っていた。

 米国が国際収支の赤字に陥りドル安となれば、例えば日本の通貨当局はドル買い介入を行い、ドル準備が積み上がっていく。

 金ドル交換を通して、このドル準備が米国に還流する一方、米国の金準備は減少することになる。そこで米国は金準備をもたらす国際収支赤字を縮小せざるを得なかった。という話である。

 金融危機の原点はニクソンショックの過剰ドルが生まれた副産物という論理もうなづける。

 良い研修であった。

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2010年04月27日

会話(2010年4月27日)

 大麻密輸の罪で死刑を執行された4人の日本人のうち3人は大連で拘束されていた。

 捜査や審議が十分だったのかは分からないが疑問が残ることはたくさんある。

 しかし、あの大連ならという思いも出てくる。私も何度か訪れたことのある都市であるが、大連は日露戦争後、日本が本格的に開発した港町であり、中国東北地区への玄関口だった。

 まだ旧満鉄の建物やピンク色をした三越デパート、東京駅を模した大連駅等、日本とご縁のある建物などがまだ残っているし、日本語学習も盛んである。

 中国語が分からなくても日本人が仕事ができ、生活もできるような都市でもある。

 そのせいか、大連の日本人と日本企業には何となしに緊張感がないといったことが言えなくもない。緩くすさんだ空気さえ漂ってくる。

 それを強く感じたのが今から2年ほど前に大連の加工輸出地区を訪れた時だった。

 中国政府はその前の年に単純な輸出加工貿易から脱却すべく労働契約法を改訂し、輸出増値税還付率引き上げや企業所得税の内外統一を発表していた。

 影響は直ちに現れ、2008年前半には沿海部で7,000社近い中小企業が倒産したそうだ。台湾・香港・韓国系の中国工場では経営者の夜逃げすら発生していた。

 日本企業ならきちんと周到な対策を準備していることだろうと思って大連の日系企業の幹部に話をしたところ、そんなことは3〜5年したら本社が対応するでしょうと言うことだった。

 金融危機で大変な時期があったが、今は日本が不況なのでまたこちらに生産がシフトしているので回復しました。

 日本が不況の方がいいんですとのことである。大連は中国で唯一、日系企業が外資系を代表して市政府と交渉できる都市である。

 しかし、この大連でも様々な課題があるようだ。中国人の友達との会話である。

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2010年04月26日

東北州を目指して(2010年4月26日)

 2004年にスタートした三位一体の改革は、国庫補助負担金の廃止・縮源、税財源の移譲、地方交付税の見直しが2006年まで行われた。

 全体として国庫補助負担金が4.7兆円、地方交付税が5.1兆円それぞれ削減される一方で約3兆円の税源が地方に移譲された。

 国から地元に回る補助金を減らし、地方自ら税源を増やすという意味においては間違った方向性ではなかったが、しかし、権限の移譲が組み込まれていなかったので、地方自治体はそれ以降、財政難に苦しむ状態となった。

 「家はその土地の大工に建てさせろ」という格言がある。風土や気候、何よりもその地域の特性を熟知しているから、その風土に合った家を建ててくれるので安心だという意味である。

 この意味は今のガバナンス、つまり、日本の統治機構にも言えるのではないだろうか。

 例えば“外壁の色以外は土地の大きさも建物の構造も間取りも内装も全てが既に決められている。しかし、その家に係る費用は削減しろと言われているようなもの”である。


 外壁以外に自由が利かない。コストの下げようがないので、したがって生活費や教育費を切り詰めて、生活して努力しているといったのが地域の実態である。

 ディバイディット・サバランティ=地域が自主独立を基盤とした地域社会」の基に国づくりをしていくのが『地域主権』である。

 そして、1つの巨大な拠点(中央集権)があるのではなく、力のある拠点がいくつかあって、フラットにネットワークを構成している。

 『ポリセントリシティ(多中心国家)』この二つを基本のキーワードにこの東北の地から全国に先駆けて道州制の実現へ向け政治家連盟を発足できた。

 明治維新は西日本から、平成維新はこの東から全国に発信していきたいと思っている。同志の皆さんに感謝しながらこの輪を大きく広げていきたい。

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2010年04月25日

中央集権的改革では問題は解決できない(2010年4月25日)

 現在、我が国の農業産出金額は約8兆4,400億円である。この数値は1980年代以降の12兆円弱をピークに減少を続けている。

 また、知っての通り食料自給率(カロリベース)も40%を前後している水準にとどまり、反転上昇する気配は皆無といえる状況だ。

 農村部の高齢化率は60%を超え、耕作放棄地も埼玉県の面積に匹敵する39万haに達している。

 毎年投じられる3兆円を超える農業予算は何故かくも無力なのであろうか?

 私なりに思うに、日本の農業が地域ごとに大きく異なる職・農システム(農産物の生産・流通・加工の仕組み)からその基本的な骨格が成り立っていることにあるのではないだろうか。

 しかし、それに対して単一の「食料・農業・農村基本法」によって農業改革が構築されている点では大きく実態と矛盾していることに気が付く。

 中央集権的アプローチによる農業改革は地域固有の農業問題に直結せず、改革自体が機能しないような感じを受けてならない。

 しかもこの日本農法を支える地域別の食・農システムは私達が進めようとしている道州制における行政区割と重なる部分が多い。

 特に日本の食を支えている主要地域として考えられるのは、北海道・東北・東関東・九州地区というような感じで分類されるのではないだろうか。

 東北・北陸は、特に東北6県と新潟の農業産出金額合計だけでも約1兆6,200億円で全国の約19%を占める。

 米農業の比重が高く全国ベースで農業拠出金額に占めるコメの割合は約21%であるのに東北・新潟では35%で秋田、新潟では約60%が米である。

 春季から秋季にかけて主たる食材の供給基地である。こういったことで改革プランを地域ごとに考えて、全国画一的に進めるのではなく、当時者意識を持って考えていくことが大事ではなかろうか。

 そんなことを考えながら春の庄内平野の田園地帯を見渡しながら、酒田市でのシンポジウムを後にした。・・・

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2010年04月24日

時代に即した職業能力とは(2010年4月24日)

 陽射しが出てくると暖かい。一瞬にして雨が降ってくると寒い。桜の枝に雪が重なっている。

 これを異常気象というのだろうか?何ともへんてこりんの天候だ。

 野鳥の会の総会に顔を出す。会員の皆さんもそう感じているようだ。

 大学生の就職内定率も大変厳しいものがあるようだ。今年の2月時点での内定率は80%で、昨年より6ポイントもダウンしている。5人に1人が内定を得られていない状況になる。

 国も様々な新卒者対策に取り組んではいるが“買手市場”の情勢は止めがたいものがある。

 学生にとって厳しい就職戦線を一層深刻にしているのは、就職活動の早期化、長期化である。

 いわゆる「就活」は今や大学3年早々から始まっている。ネットで就職活動説明会の情報が一斉に流され、人気企業には学生が殺到する。学生は携帯から目が離せず、移動だけでもくたくただそうだ。

 どうしても首都圏に就職機会が集中しているため、地方の大学生は深夜バスで東京に向かい、眠い目をこすりながら企業に駆けつけるのが実態だ。

 今年4年生になった学生のエントリーシート作成は既に平均67社だそうだ。本来であれば、大学3年生・4年生は専門課程に集中しているはずではあるが・・・。

 “大学の勉強など関係ない”“大学の成績など関係ない、採用は面接のみ”といった話が経営者側からも聞こえる。

 現在の日本の経済状況は今の企業のトップや中堅世代が過ごした貧しいけれども高い成長が可能だった時代と大きく違ってきているということである。

 これからの時代どうやって社会で若者を育てるのか真剣に考えなければならない。

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2010年04月23日

384.9万人(2010年4月23日)

 2009年10月に実施された最新の調査によると、日本企業の海外現地法人数は21,918法人でそこで働く従業員数の数は384万9,571人となっている。

 地域別にみると、アジアでの比重が年々高まっており、現地法人数では60%に上がっている。因みに従業員数は70%を占めている。

 国・地域別の現地法人のトップ5は、中国・アメリカ・タイ・香港・シンガポールの順となっている。

 従業員数では製造拠点の多い地域が上位となる傾向を占めており、中国・タイ・アメリカ・インドネシア・ベトナムというような順番となっている。

 経年推移でみると、現地法人数は年々増加している。2009年調査でも前年に比べ、370件増加している。

 一方、従業員数の合計は、2008年調査までは増加していたが2009年調査では一転して前年比14.7万人の減少。

 世界的な雇用の悪化を反映する結果となっている。調査の結果では、収益状況についても

 @順調
 A収支均衡
 B欠損

 の3択で質問がされているが、有効回答の構成比で『欠損』は前年比5.5ポイント増の17%となっている。

 景気の低迷で収益も悪化する中、海外でも雇用が抑えられていることが読みとれる。

 今後は景気回復が顕著な中国・アジアを中心として再び増加に転じることが予想されることは喜ばしいことである。

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2010年04月22日

上昇移動(2010年4月22日)

 経済の高度成長期には、世代間移動と言えば、上昇移動であった。

 子どもは親と同じ年になった時、親以上の生活レベルを享受できるのは当然と見なされた。

 経済全体が成長する中で、子どもは親よりも高い学歴を手に入れることが可能になり、ほとんどの息子は父親よりも良い職に就くことができ、多くの娘は父親より良い職に就く男性と結婚することもできた。

 しかし、90年代になって、社会学者の佐藤俊樹・東京大学教授が”不平等社会日本”の著書の中で指摘するように階層の閉錯化が顕著になってきている。

 つまり、父親の職業の相関関係が強まり、良い職に就いている父親の息子でなければなかなか良い職に就けなくなってきている。

 大変残念ながら、90年代後半からの非正規化は高卒就職層に大きな影響をもたらした。

 オートメーション化やIT化は、工場や事務・営業における熟練労働者をも不要にした。

 機械やコンピューター端末の手足となってマニュアル通りに働くだけでよい単純労働者が大量に必要とされ、高卒就職者を熟練労働者として育てる必要もなくなった。

 企業はそういった人材を非正規雇用で置き換え、中小企業には収入の上がらない正社員が増えた。高卒から安定した就職先というルートが途切れ始めたのである。

 親と同じような生活レベルを維持できない状況下でどのような意識を持ってどのような行動を起こすことが今必要なのだろうか。

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2010年04月21日

下降移動(2010年4月21日)

 1993年アメリカのクリントン大統領(当時)は就任直後の演説の中で、「今の子どもが大人になった時、自分の親よりも豊かでない生活を送る史上初めての世代になるだろう」と危機感をあおり、経済成長戦略を説いた。

 しかし、それから17年たった現在、アメリカ経済は平均的に見ればリーマンショックやサブプライムローンの問題はあったにせよ順調に成長している。

 その間、GDPが停滞し、今の大人よりも貧しい暮らしを強いられているのは当時の日本の子どもたちの方が影響があるような感じである。

 一人当たりのGDPが停滞している中で、少子高齢化が起こり、年金という形で現役世代から高齢世代への所得移転が加速する。

 その結果、ここ15年の間、平均すれば変化はないように見えるが、若者世代に限ってみれば所得水準は明らかに低下しているのも事実だ。

 未就学児を育てている世帯の年収の動向を示した物価水準調整後の収入でみると、未就学児がいる世帯の年収は94年をピークとして減少し、2004年で89年の水準まで戻ってしまっている。

 昨年の調査結果はまだ公表されていないが、2004年よりも減少していることは確実である。

 経済停滞のツケを、一身に背負っているのが今の35歳以下の若者世代である。

 その結果、少子化が起こり、子育て世代の生活不安が加速している。そして、今後確実に生じるのは、クリントンが憂慮した世代間の下降移動というべきものである。

 世代間の下降移動とは子どもが親と同じ年齢になった時、その会社経済的地位が、かつての親と比較して下降しているということになる。その基準は様々だが・・・・?

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