当選後、早速現地に視察で訪れた。神戸に着いて視察をしている時、不思議な地域があった。何区だったかは忘れてしまったが、4mの道路を境にして右と左の地域の状況が違うのである。
左側はもうすっかり終戦直後の焼野原の状況であった。しかし、反対側の方は家が傾いた程度で何とか現状を維持している。4mの道路を挟んで何でこれだけ違うのだろうかと疑問に思った。
神戸市役所の課長に「どうしてこうも違うのか?」 「この道路の下を断層がはしったのか?」と伺うと、「この右側の町内の方々はバケツリレーで二次災害の火をくい止めたのです」という説明だった。
この科学的社会の時代において『バケツリレーでですか?』再度確認するがその通りである。いかに文明が発達しようとも最後はやはり、人と人とのコミュニケーションつまり人海戦術であった。
年明早々に家庭内や子供達の悲惨なニュースが飛び込んでくる。あくまでも忘れてならないことは助け合いの社会であるということである。
この10年間の間に90%以上の確率で宮城県沖地震が起こると言われている。「備えあれば、うれいなし」ではあるが、日頃からの町内の営みの中でコミュニケーションを深める努力が必要かもしれない。自分達の町内にもっと責任を持つことも大事だということを震災は教えてくれたことを思い出した。

