しかし、時代が変革してきている中で、現在の人間関係は価値の多元化にともないものの生産販売と全く同じで、「多品種少量主義」に代わってきているとこの方は言っている。人間の一品種多量主義的なものは消えたとも言っている。
「きくちさん、入社式で私はこういう話をしました。」つまり今までの“和”で醸成された人間関係はいわばオカユの和である。一粒一粒の米がクタクタに煮られてしまっている。アイディンティティのないふにゃふにゃの存在である。がこれからの社員には自立の精神を高め「にぎりめし」になることが会社に必要なんだ。
にぎられてチームワークは守るが、一粒一粒が米である。という自己主張を通す。こういう状況を社会全体で率先してしくことが生き残っていくことになるのではないでしょうか。大衆の分化化です。との会話である。なかなか含蓄のある言葉だ。これから何かと使わせていただくことにした。それにしても我が母校新田小学校の運動会は寒かった。子供達が風邪をひかないことを祈る。

