2008年05月17日

(2008年5月17日)

 おいしいごちそうがあっても、食べてみなければそのおいしさはわからない。同じようにどんなに立派な道徳があっても学んでみなければその素晴らしさは分からない。

 いくらおいしそうに見えても、食べてみなければ、その味がどうかは分からない。それは絵に描いたモチのようなものだからである。学問や道徳もこれと一緒で学習してみなければその良さを理解することはできないはずである。
“嘉肴(かこう)有りといえども、食わざれば其の旨さを知らざるなり”一種の実証主義の言葉である。

 5月晴れの好天が続いている。朝は気持ちよく洗濯物を干してきた。事務所でブログの文章を打ち込みながら、車の清掃を甲太郎と行う。アルミホイールやタイヤもみがきあげる。白い車はピッカピッカである。

 気分も爽快になったところで、午後2時からの民主党県連大会に出席する。昨年の11月に入党したが、実質今日からが党員としての活動になる。“嘉肴(かこう)有りと・・・・・”という心境で会場へ向かった。市議会・県議会議員が就く常任幹事は引き受けさせて頂くと言うよりは必然的にならざるを得ない立場なので。了承をする。その他の役職も話があったがお断りさせていただいた。

 役職や立場がほしくて民主党入りしたのではないからである。一党員として新たな気持ちで頑張って参りたい。国民・県民・市民の為にそして日差しの弱い方の味方であるような政治活動をしていくことは政治を志したときから微動だにしない。
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2008年05月16日

心の持ち方(2008年5月16日)

 入社して1ヶ月、まさにスタートダッシュである。その後にゴールデンウィークがやってくる。「それが、もともとの帰属していた場所への回帰心を呼び起こす」と友人の精神科医が話す。5月病は30歳までの若年層に多いようだ。しかし、心理学や精神医学上での定義はないそうだ。

 新入社員の方々は、この時期新し社会の中で悩んでいる人も多い。そういったことが何故起こるのか、話を伺う。帰省したりして懐かしい社会と触れる機会が訪れる。そこは、セピア色に染まった世界が待っている。人それぞれに、誰にだって桃源郷に思える場所がある。

 それが大都会の高層ビルやネオン街で、働いていると華やかさと裏腹に薄っぺらい人間関係などの落差を感じ、自分の存在がくすんで見えてくる。そして、ふるさとに帰った時に自分の居場所は大都会ではなく郷里にあるのではいかと思い込んでしまう。そんな時に“五月病”にかかってしまう、というのである。

 では、ならない方法は?「いっそのこと帰省したりしない方がいいのではないですかねぇ」「いや帰ってもかまわないじゃないですか、要は気持ちの軸足が職場の方にあれば、帰省しても早く戻ってきたいと思うでしょうから・・・・・軸足が浮いていると5月病になってしまうんですねぇ」「仕事に徹せよということになるのですか?」「いや、そうではなくてバランス感覚です。普段は仕事に軸足を定め連休明けにわくわくできるような日程やイベントを計画しておくことも必要なんです」「つまり、あ〜ぁ今日で連休も終わりか!明日からまた仕事か〜〜〜〜〜!というのではなく、連休明けに胸が騒ぐようなものを計画していれば大丈夫!」「気持ちの持ちようなんですよね」

 きちんとした仕事をするには、やはりプライベートや趣味も大事であると思わされた。仕事人間にならず、余暇を自分なりに楽しむことが重要なことを教わり、少し心が晴れた気分になった。
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2008年05月15日

政策の旬(2008年5月15日)

 経済政策は、企業業績が下降方面に入っていしまった今こそ重要ではないだろうか?十分に議論し、経済を活性化させる政策を次々と打ち出していく必要があるが、どうも与野党からもそういった話が聞こえないのは大変残念なことだ。

 例えば、耐震偽装事件を受けて建築確認の審査を厳しくした改正建築基準法や、投資家の保護をうたって金融商品の顧客への説明責任の徹底を求めた金融商品取引法などがそんな疑問を加速化させている。

 2007年度の新設住宅着工戸数は改正建築基準法の影響によって対前年度比で20%も減っている。これは過去2番目の落ち込みだそうだ。消費者に対して安全・安心を確保することはとても大切なことである。

 しかし、そのことだけに目を奪われて、経済活動を無為に犠牲にしてはいないだろうか?二律背反しがちな2つの事柄だけに、慎重に議論すべきである。

 また、電源開発(Jパワー)を巡る外資規制の問題についてもイギリスの外資ファンドが10%以上のJパワー株をも持つことを認めなかった。

 これを受けて諸外国では「投資家から閉ざされた日本」ということで喧伝されている。電力の安定供給や原子力発電所計画は国にとって大変重要である。しかし、外国からの対日投資を閉ざすような政策も問題である。

 国民にとっての税金を支払うコストや国民が受け取るサービス等のベネフィット(利益)のバランスを考えることが重要である。真に国民にとって本当の便益は何なのかを政治は考えなければならないのではないだろうか。政策を政局の道具にしないことが大事だと思う。
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2008年05月14日

山車(だし)(2008年5月14日)

 夕方、人に会うために一番町方面へ向かった。青葉通りと南町通りの間の旧丸善前には、高さ約6メートルの山車(だし)が2台ほど青葉まつりの準備のため駐車してあった。また、その山車を囲むように若い学生風の男女10名ほどがすずめ踊りの稽古をしている。もう青葉祭りの時期か・・・・・・・・・・・。

 昔に比べれば山車も少々小ぶりになったと言われるが、藩政期の伊達っ子(市民といったらよいのか、町人達といったらよいのか?)の粋を感じつつ山車の横を通りすぎた。今年で第24回目を迎える『仙台・青葉まつり』は、17日(土)・18日(日)の両日に開催される。

 青葉まつりは、往時は“仙台祭”と呼ばれ、東照宮の祭礼であった。藩政時代は、東日本屈指の祭りとして知られていたらしい。1655年東照宮建立の翌年に始まったこの祭りの主役は祭礼行列で、足軽組・騎乗の武頭と供廻(ともまわり)、その後に各町内の山車・お神輿と続いたようだ。

 各々の町内では豪華な山車を誇り、大きなものは高さ12メートル(現在の山車の2倍)もあり、担ぎ手は最大で72名。最も山車が多い時で70台もの山車が城下を練り歩いたと記録されている。

 祭礼当日の仙台城下は大変賑わったとも記載されている。明治以降は、天長節奉祝(明治4年)、桜ヶ丘神宮祭礼(明治5年)青葉神社祭礼(明治32年)の仙台開府300年祭を最後に祭りは途絶えてしまった。

 戦後1956年(昭和31年)に復活はしたが、昭和40年には、また途絶えてしまう。その後、藩祖伊達政宗公没後350年祭を記念して、1985年(昭和60年)に市民の祭りとして『青葉まつり』が復活をし、現在に至っている。

 青葉まつりは、時代と共に大きな変遷を遂げてきた。すずめ踊りとお囃子とともに仙台の時代絵巻が今週は繰り広げられそうだ。“踊る阿呆に見る阿呆”になるのも時にはいいだろう。
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2008年05月13日

福祉の現場(2008年5月13日)

 仙台市老人福祉施設連合会会長で5団体の長もされている高橋治会長と今後の介護報酬や現場で働く従事者等のことで話を伺った。ヘルパーも含め、従事者の中で仕事を辞めたいと思っている方々の割合が全国で55.3%を示しているというのである。なぜそのような状況を生んでしまったのだろうか?

 当初、介護・福祉関連産業はこれから需要増が相当見込まれる成長分野であり、またこれを担う専門サービス職への期待も大きかった。ところが々々である。その労働の実態は極めて厳しいものがあり、介護報酬等の改訂によって現場従事者は、仕事も意欲もそがれるような現況だと言うのである。

 日本医療労働組合連合会が全国の介護福祉士やヘルパー、ケアマネージャー、看護師をはじめとする介護福祉労働者(うち65.5%が正職員)を対象として実施されたアンケート調査による結果である。

 直近半年間に『こんな仕事もう辞めたい』と思うことが『いつも・しばしばあった』人が30.4%『時々あった』人を含めると過半数の55.3%になる。その主な理由はと言うと『忙しすぎる』『賃金が安い』がダントツで多い。

 昨年10月に時間外労働が10時間以上あった人は3分の1でサービス残業や早出も多く見られる。2交代勤務でも休憩時間は2時間程度しか取れない60%もあり、年次有給休暇の取得率も過半数の事業所で30%以下になるそうだ。

 賃金総額(各種手当・税金を含む)は20万未満が52.9%以下を占める。平均19万5400円、正職員に限っても同じような状況である。財政が厳しいことで福祉予算が削られ、結局は利用者(高齢者)にしわ寄せが行ってしまっている。ことを忘れてはいけない『十分なサービスが提供できる』と答えた人はわずか4.8%である。

 誰の為の介護保険制度なのか介護制度改定へ向けて戦闘態勢を準備しなければ!固い決意である。
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2008年05月12日

母の日(2008年5月12日)

 昨日は母の日である。昭和58年に夫を亡くし、その後様々な出来事に翻弄された73年間の母の人生であるが、今は末娘夫婦と孫3人で平穏に東京で暮らしている。その母に電話を入れる。いくつになっても息子は息子であると実感する。「元気で仕事しているか?」「朝ごはんはちゃんと食べているか」仕事優先、自己中心的になり過ぎていないか等々・・・・・・。

 昭和58年に夫である父を亡くし、女手一人で私達兄妹3人を育ててくれた。このところご無沙汰ばかりの毎日だったので、今日は電話で一方通行となるが近況と私の思いを伝える。『親孝行したい時には親はなし』『親思う心にまさる親心』という思いを感じながらの母との15分間の会話であった。

 “身体髪膚(しんたいはっぷ)これを父母に受く、あえて毀傷せざるは孝の始めなり”私達の体は髪一すじ、皮膚の一片に至るまで、父親・母親から頂いた大切なものであり、尊く重いものである。したがってこの身を大事に守り、わけもなくいためたり、傷つけないようにすることが親孝行の第一歩であると教えている。健康であること、健康で生活していることが一番の親孝行になるとも教えている。

 孔子いわく、さらに「身を立て道を行い名を後世に揚げ、以て父母を顕わすは孝の終わりなり」と論語に書いている。つまりは今、生かされていることに常に感謝をするということではないだろうか?お母さんありがとう!!
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2008年05月11日

雨の日曜日(2008年5月11日)

 今朝は、冷たい雨が降っている。ふくらはぎ辺りに違和感があるので今日はジョギングを中止した。雨とはどうしてこうも人間を憂鬱にさせてしまうのだろうか。しかし、この時期の雨は穀物にとっては慈雨になることだろう。田植えも宮城野区内の田子地区・岡田地区とも順調に進んでるようだ。

 7月に予定されている主要国首脳会議(洞爺湖サミット)を前にやたらと温暖化に関する事が話題となっている。政府は2050年までの温暖化ガスの国内排出量の削減目標を設定する方針を固めたようだ。削減の幅は60%〜80%を目標とするようだ。

 田んぼのあぜ道を歩いていると温暖化の影響なのか草木や昆虫たちのちょっとした異変に気付かされる。また、秋保方面を車で走っていると滅多にお目にかかることが出来なかった野生のカモシカが道路まで出てきたり、七ヶ宿ダムの近くでは、頻繁にサルの集団とはち合わせするようになったり、と確かに野生動物の生息区域も変化してきている?。

 しかし、何年ぶりかで身近に野生のカモシカを見た。元気そうに草木の若葉を食べている姿は何とも言いようがない。まだ自然環境を取り戻すことはまだまだ可能であると感じた。過ちがあったらぐずぐずせずにすぐ改める。完全無欠というものはない。人は誰でも過ちを犯さないものはない。問題は、私達が間違っていたと気が付いた時に、即座に改められるかではないだろうか。政策の過ちもそうである。

 過ちに気がついても弁解したり、見栄を張ったり、ごまかしたりして、なかなかその過ちを認めようとしない。そういったつまらない人間にはなりたくないものだ。自然保護政策も今ならまだ間に合うはずだ。
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2008年05月10日

にぎりめし(2008年5月10日)

 大企業のトップと小一時間ほど懇談させていただいたく、これからの組織のあり方についてご教授を戴いた。「組織は人だ」とよく言われる。そのため、多くの人が「人間関係を何よりも大切にする」という「和の精神」が必要となる。組織は人で成り立っているのだから、その人と人とのかかわりを滑らかにしておかないと組織がギスギスするし、きしむからである。こういった「人の和を保つ」という“みんなで仲良く”の思想は長年日本で大きな効果を上げてきた、とおっしゃる。

 しかし、時代が変革してきている中で、現在の人間関係は価値の多元化にともないものの生産販売と全く同じで、「多品種少量主義」に代わってきているとこの方は言っている。人間の一品種多量主義的なものは消えたとも言っている。

 「きくちさん、入社式で私はこういう話をしました。」つまり今までの“和”で醸成された人間関係はいわばオカユの和である。一粒一粒の米がクタクタに煮られてしまっている。アイディンティティのないふにゃふにゃの存在である。がこれからの社員には自立の精神を高め「にぎりめし」になることが会社に必要なんだ。

 にぎられてチームワークは守るが、一粒一粒が米である。という自己主張を通す。こういう状況を社会全体で率先してしくことが生き残っていくことになるのではないでしょうか。大衆の分化化です。との会話である。なかなか含蓄のある言葉だ。これから何かと使わせていただくことにした。それにしても我が母校新田小学校の運動会は寒かった。子供達が風邪をひかないことを祈る。
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2008年05月09日

強行軍(2008年5月9日)

 会派全員で新潟県中越地震による影響と対応状況について柏崎刈羽原子力発電所(稼動)へと視察に向かう。午前7時50分県議会前を出発。因みに新潟県中越地震の概要は以下の通りである。

 発生時刻 : 平成19年7月16日 午前10時13分
 震 源 地 : 新潟県上中越沖(深さ17km)
 マグニチュード : 6.8
 震  度 : 柏崎市・刈羽村(新潟県)→ 震度6強
        小谷谷市(新潟県)   → 震度5強

 午後1時30分現地到着。2時間半の予定で視察、原子炉は7号機まである。地震発生により機動操作中の2号機、定検運転中の3号機4号機、7号機において原子炉が自動停止する。原子炉の停止(未臨界)に必要な制御棒駆動設備、原子炉の冷却に必要な原子炉冷却系統設備等、安全上重要な設備においては、これまでの目視点検では損傷は確認されなかったようだ。

 また、発電所施設のうち、変圧器、排気ダクト、構内道路、事務所等に損傷が確認されたとのことである。それにしても、止める・冷やす・閉じ込める機能については、現代科学の枠を集めた施設ではあるが、しかし、現代科学の技術を集めたとしても、いかに自然の力の前では無力にひとしいかがよくわかる。

 柏崎刈羽原子力発電所は長細い形をした新潟県のほぼ中央部に位置し、柏崎市と刈羽村にまたがる約420万ku(東京ドーム約90個分)の敷地に沸騰水型原子炉(BWR)110万KWが5基と世界初の改良型沸騰水型原子炉(ABWR)135.6万KWが2基の合計7基が運転されている。

 7基の合計出力は821.2万KWで世界最大の原子力発電所でもある。東京電力管内で使われている電気の約20%を占めており、約50万ボルト送電線2ルートにより供給エリアへ送電している。そんな状況の中で原子炉内部まで見学をさせて頂いたが現在は可動停止中である。原油高のあおりで電気代を考えると早い時期の再開が求められる(東北電力でもこの発電所から電気が送電されている)。午後4時30分発電所を後にした。県議会に到着したのが午後9時20分である。強行軍の視察であった。
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2008年05月08日

(2008年5月8日)

 先日ミャンマーでサイクロンによる死者が15,000人と報じられた。直ちにミャンマー政府は国際社会に対して人道支援を要請したとも報じられた。それに対して日本外務省は五月当初2,800万円相当の緊急援助物資を供与するとされたが、この金額ではたしてアジアの中での日本の立場的な視点からすると良いのだろうかと疑問を持ってしまった。米国とは0が3つ違う。

 この額については外務大臣、首相とも相談した上での額とは思われるが、アジアの中の日本、そして今現在の日本の持てる力からして、支援の一番最初の発表としてはあまりにも少ないような感じがする。

 海洋国家として資源のない国家としての首相や外務大臣の政治家としての政治判断・対応が見えないと感じるのは私だけだろうか。軍事政権に対して、人権問題や国際間の協調性を訴えるにはまたとない機械ではないだろうか?

 また隣国である資源大国ロシアではプーチン大統領からメドベージェフ新大統領へとバトンタッチがなされた。これもまた世界的に重要な出来事だと思われるが、日本にとっても中国、米国と同様にロシアとの関係も極めて重要であると思われる。

 しかし、そういったことに対しても明確なメッセージが聞こえてこないのはどういうことであろうか?食料の自給率・エネルギー資源の確保も重要な課題がある。鈴木宗男先生からは平沼新党や小沢代表との話など衆議院選挙後の政界再編は必至であるとのような話しを伺った。改めて国民・市民の思いをきちんと受け止めて、その思いを形にしていくことが大事であると思った。
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2008年05月07日

開放と透明性(2008年5月7日)

 大型連休の過ごし方はいかがだったでしょうか。中国の胡錦涛国家主席が中国の国家元首として10年ぶりに来日し、福田康夫首相と会談をした。『戦略的互恵関係』を包括的に推進することで合意され、共同声明が発表された。

 ただ、東シナ海のガス田開発問題や中国製冷凍ギョーザ中毒事件、そしてチベット問題など具体的な懸案は目に見えるような結果には至らなかったようだ。

 3月に全世界で起こったチベット騒乱。その事件以来胡主席が外国を訪れたのは初めてだそうだ。一部には首脳会談を延期した方が良いのではないかと国会の一部には延期論もあったようだったが予定通り会談が行われた。

 首脳会談で胡主席はダライ・ラマ14世の個人代表と中国の高官との接触について説明があったとも伝えられている。私達国際社会が最も強い疑念を抱いているのは人権問題である。一方では北京五輪は平和の祭典ではあるが北朝鮮問題、スーダンのダルスールやミャンマー情勢についても中国の介入が指摘されている。

 いずれにせよ人権問題がアジアには多い。成熟した社会への努力が必要である。8月8日の北京五輪を契機にそう願いたいと思うのは私だけではないだろう。
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2008年05月02日

時の移ろい(2008年5月2日)

 岩切から県民の森を抜け、利府街道の沢乙(さうど)温泉に至る途中に青麻神社がある。1,000年も前から伝わる由諸ある神社で春の例大祭に招かれる。霊厳新たな中で、厳かにとり行われた。なかなかご利益がありそうである。(パン!パン!)

 県民の森の若葉はより一層のあでやかさを増してきている。“四時の序 功の成すものは去る”春夏秋冬とはそれぞれの役目を果たせば交替している。春は春のしごとがすめば夏になり、夏は夏のしごとを終えると秋にその地位を譲る。このように人間も成功すれば後進に道を譲るべきであるともこの詩は教えている。

 午後1時45分頃に青麻神社を後にして、私の政治の恩師である故亀谷博昭先生の政経懇話会の会長をお引き受け頂いていた、菅原萬会長と30分ほど秘書時代の懐かしい話をしながら懇談させていただいた。その話をしながらこの詩を思い出した。“四時の序”とは春夏秋冬の4シーズンが順序良く移り変わることである。

 様々な話の中で菅原会長に不義理もしてきた。自分の行動が自分自身で正しい道だと信じて行動もしてきた。自分自身の利益の為だけではなく、あるいは現状を打破するためには事なかれ主義ではいけないとも思って行動してきた。それをあえて突き進むことが真の勇気につながるとも思っている。会長にようやくご理解も戴いた、政治の世界は難しいが青臭い部分を忘れないでいきたいと思う。
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2008年05月01日

一夜明けて(2008年5月1日)

 今日から早速1リットル当たり160円に復活したガソリンスタンドも出てきた。様々な物の値段の高騰が私達の日常生活を直撃しつつある。私達の生活が圧迫される中で、今こそ政治のしっかりした舵取りが問われるのではないだろうか。

 私自身はガソリンは安い方がいいか、高い方がいいかともし問われれば、それは安い方がいいに決まっている。しかし、同時にトータル的に物事を考えなければならないのが政治の役目である。冷静に見て、ガソリンが高くなったのは、ただ単に暫定税率が上乗せされて高くなった訳ではないということである。

 一番の原因は原油価格の高騰である。日本の石油の大半は、中東地域に依存している。つまり全てアメリカの一声で石油価格も決められてしまうことになっている。

 今、世界最大の産油国はロシアである。また、CO2の削減等の視点からも原子力への安定的供給を考えた場合の戦略的な骨太の議論が伝わってこない。エネルギー資源の確保も重要な課題である。そういった意味での骨太な議論が必要である。

 ガソリンは安くなった方がいいに決まっている。 しかし、2兆6000億円の歳入不足が国・地方自治体に障じる。国、地方の貴重な財源をどう確保するのかきっちりとした議論を必要だ。

 道路特定財源は目的税である。その目的税を一般財源化する方向で話が進んでいるが目的税であるならば役目をおえたら本来廃止をすることが筋ではないだろうか?

 その上で、社会保障・環境問題、そして、地方への予算や財源のあり方を国会で議論して私たち国民の理解を得るべきである。私たちへの負担が増していく中で、まずは無駄をなくし、特権的(国会議員や官僚)意識を俳することが必要だと思う。そして貴重な税の使い道が正しく使われているかどうかの成果をあげることではないだろうか。
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