2007年12月11日

本質会議(2007年12月11日)

 今から20年ほど前までは、私達日本人は恥ずかしがって会議の場で質問をしないとか、分からないのにすぐイエスと言ってしまうと批判された。上司が部下に物事をきちんと説明せず、「俺の背中を見て仕事を覚えろ」というようなやり方も、日本企業の非合理な習慣と言われた。(私は良い面もあると思っている)

 しかし、状況は随分変わった感じがする。今や世代を問わず、分からないことがあれば堂々と質問をする。また、コミュニケーションリーダーシップの一つの要件と位置づけられ、上司は説明責任を果たすようになった。モノ作りの現場でも、昔は若い従業員が先輩のやること見て盗んだような技を、研修の場を設けて体系的に伝える取り組みも増えてきている。

 こうした変化は、組織が競争力を高めるためには望ましいことである。だが一方では、それが行き過ぎてしまうと、別の問題も生むのではないかと心配にもなってくる。物事を自分なりに考える前に質問をするのが当たり前になってしまい、言葉で教えられることでしか学べない人が増えているとも言われる。

 議会も今日が最終日である。セントラル自動車の立地が決まり、9件あった定例会とは違った静かな会議であったが、当初の『みやぎ発展税・企業奨励金・優遇税制』の3点セットが発覚し減免が約半分となってしまう等の問題が浮き彫りになったが、しっかりと議論する必要があったのではないかと反省しきりである。
posted by きくちふみひろ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月10日

混在(2007年12月10日)

 お昼の時間、ちょっと一番町まで足を延ばしてみた。年の瀬の訪れを知らせる福引をやっている。師走の賑わいの演出には、あの六角形や八角形の抽選箱は欠かせないと思ってしまう。X’mas商戦と日本古来の伝統が混在する何とも表現がしにくい雑踏である。

 真っ暗な籍の中で無数の玉が大波となって揺れている。金や銀の玉が必ず埋もれている。金の玉、銀の玉であればもちろん“大当り”となる。その箱を回しながら、「ガラガラ」という音に想像力と手ごたえ?を感じながら心が躍る。

 「ガラガラ」「カンカン」という金をならしながら一番町商店街に楽しげな音が響き渡る。手でこの観覧車の車の様なものを回す。さぁ何色の玉が飛び出すか、家族づれの場合はほとんどが「僕がやる!僕が・・・・」と、取っ手を回すのは子供の役目である。責任も重いが・・・・・・。

 それぞれの顔を見ると緊張と期待感の面持ちである。親たちのほほ笑む顔が何とも微笑ましい。師走の風物詩である。しかし、目線を見上げるとX’masのイルミネーションである洋の東西がまじりあっている妙な感覚におちいるのは私だけだろうか。
posted by きくちふみひろ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月09日

独自性(2007年12月9日)

 “士に一定の論有り 女に不易の行り”

 またまた中国の故事だが・・・・・・・。訳は、立派な男性には定まった見解があり、道理がある。また、立派な女性には変わらない操があるものだという意味である。“一定の論”とは、定まった主義主張とか、不動の定見をいうことに使われる。“不易の行”とは変わらない貞節を行うということである。

 しかし、これがなかなか難しい。特に政治の世界ではこういう政治家はそうはいない。しいて言えば、小沢一郎、小泉純一郎と言ったところではないだろうか?それぞれに主観的に違いはあると思うが・・・・・・・。

 ビジネスの世界では、ここ何年来アイデンティティということが重視されている。日本語に訳すと「主体性」とされている。しかし、なかなか社会で生きているとこの独自性を発揮することは難しい。議会中であるが、私はこの自分自身のアイデンティティ・独自性というものを大切にしたいと思っている。
posted by きくちふみひろ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月08日

決断と実行(2007年12月8日)

 自宅のヒーター灯油の配達をお願いしたら何と2缶で3700円に正直“びっくり”してしまった。ガソリンも156円/gである。今年の冬は,肌よりも懐のほうがより厳しい寒さに感じるようだ。

 しかし、残念なのは腰砕けに終わってしまった道路財源の改革である。政府自民党は、道路建設に使い道を絞った揮発油税など道路特定財源の扱いを最終決定した。2008年度から10年間特定財源の事業費を確保するとのことである。

 道路関連以外に使う一般財源化は2008年度で1900億円程度とわずかな額に決まった。財政が厳しく、経済構造改革が問われる中で、道路整備はほとんど切り込まれない聖域として残る形となった。あの大騒ぎの道路特定財源改革は何だったのだろうか。

 問題点は4つあると言われる。1つは舗装率が実質的に欧米並みになり、一応は道路網も整ったと言われるが、このまま道路建設を今まで通り続けるのかということ。2つ目は高速道路料金の引き下げを実質的に国の負担で実施することである。3つ目は、一般財源化の規模である。そして、もう一点は格差社会の拡がりと同時に地方の道路整備が著しく遅れているということだ。

 ブレーキとアクセルを同時に踏むような難しいリーダーシップが問われている。それは道路財源の見直しだけではない。“まあまあ”“なあなあ”先輩から会派の一致だからでは、すまされない大きな任が地方政治家にも問われている。
posted by きくちふみひろ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月07日

未履修(2007年12月7日)

 午前10時から常任委員会が行われた。12月の定例会提出議案の予算議案と予算外議案及び条例議案を審査可決した後に、報告事項として古川学園必修専攻科目の未履修問題の説明があった。現在の在校生の3年生の場合、履修漏れは必修6科目で373時間に及んでいる。昨年全国的に未履修の問題が発覚した時になぜ是正しなかったのか不思議でならない?

 悪質なのは、11月29日に未履修問題が報道がされたのに11月30日に学校長は「現時点で未履修は無い」となぜ嘘偽の発言をしたのか、そして、県が調査に入ったら「ありました」になるのか?謝罪を聞いていても、確信犯としか思えない。県の説明では、2003年から履修漏れが発生していたとのことである。2007年3月の卒業生の履修漏れは400時間を超え、これまでの県内の履修漏れで最大のようだ。

 「生徒等に影響や動揺が出ないようにその対策を取りながらも、このような事件が2度と起こらないようにペナルティーはどうするのか等?」の問いに対し、県としては「同校への私学助成金の減額などの処分を検討するほか、来週以降他の私立高への調査を始める」とのことである。また、学習指導要領に則した履修計画も早急に県に提出することを指導したとのこと。

 現状の週4コマの授業すべてに履修漏れ科目を組み込んでも、8週間以上履修し続けなければならない計算で、受験を控えた生徒にはかなりの負担となる。昨年文部科学省が全国一斉の救済措置を取ったが、現時点での救済等は決まっていない。因みに2006年度の私学助成額は同校に対して計3億1,600万円で2007年度も約3億円を補助している。それにしても残念である。かわいそうなのは生徒達である。
posted by きくちふみひろ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月06日

保育(2007年12月6日)

 知人の幼稚園の先生と話をする。「メディアの侵入を防ぐことは子供たちにとっては、まったく不可能です」という話である。メディアの発達で私達の生活は確かに豊かで便利なものになった。
 様々なメディアの恩恵を受けて、居ながらにして多くの情報を入手し、楽しい時間を過ごすことができます。メディアに囲まれて生活することが当たり前になっていますから、メディアを遠ざけて暮らすことはできません。

 子供たちの周りにもテレビビデオゲームなど多くのメディアが存在する。私自身も因みに一緒に小学生カードゲームで遊んでみた。これがまた面白い。これでは子ども達がはまってしまう。大人ですらそうであるから子供たちにとってはなおさらである。

 しかし、先生曰く、そういったものだけでなく「子供は特に自分の生身の身体を使って遊び、その遊びを通して創造性を得とくしていくので、身体を使った遊びを意図的に取り入れることが重要なんです」と力説していた。

 しかし、お母さん方からは近くに安全な遊び場がない。公園を造って下さいと要望される。財政が厳しいとも言ってられない。子供が生身で遊べる環境を積極的に作り出していかなければ、そんな中で児童館は存続させていかなければならない。
posted by きくちふみひろ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月05日

明るく考えることも必要だ(2007年12月5日)

 人口減少社会の中で自治体も金がない、金がないと、つい悲観的に物を考え暗くなってしまうが、目線を変えることも必要だ。核家族化や女性の社会進出などにより出生率の低下が著しくなる一方で平均寿命が伸びたことから少子高齢化が進行し、総人口も2005年前後に減少に転じた。これは豊富な人的資源をもとに成長を遂げた日本の経済成長の根底を揺さぶる事態である。国立社会保障・人口問題研究所の人口推計では、出生率は標準ケースで2000年代約1.3人から2055年に1.26人へ低水準を続け、日本の人口は約9000万人に減り、65歳以上の人口の割合は2005年の20%から41%に倍増すると予測している。

 人口減少や高齢化により(1)生産活動を担う労働人口が減少し、ITなど新しい技術の採用が難しくなったり消費需要が停滞して、経済活動が停滞する、(2)公的年金医療介護などのコストが高まり、現役世代の負担が増す、(3)負担と給付をめぐる世代間の対立や外国人労働者の増加による摩擦の増大など、社会的連帯が弱まる、等が懸念される。このため、高齢化に対応する年金や医療・介護制度の改革が進められる一方、「少子化対策」とよばれる政府・民間をあげての取り組みがなされている。

 現段階では、少子化や人口減少を止めることは困難である。しかし、いたずらに悲観的になる必要はない。考え方を変えれば、人口減少社会は、労働力が貴重になり、個人の個性や能力が尊重される社会である。日本の産業構造は多くの非効率な部門を抱えてきたが、労働力が減っていく中では、得意とする分野に特化せざるをえない。それによって生産性が上がれば、国民一人当たりの所得は増え生活は豊かになる。労働力の減少は、元気な高齢者や女性の一層の社会進出と外国人労働者の参加である程度カバーできる。江戸時代の中期にも晩婚化・少子化で日本の人口は一割減ったが、農業技術の発展で経済は成長を続け、洗練された技能と文化が花開いた。

 量的には生産は鈍化しても、生産は本来、人々にとっての価値、値打ちによって測られるものであり、顧客のニーズにピッタリあった商品・サービスを迅速に供給するためにの技術力、知識、アイデイアがあれば、経済は発展を続けることが出来るのである。そういう風に明るく考えることも必要だ。
posted by きくちふみひろ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月04日

一般質問(2007年12月4日)

 今日は久しぶりに本会議において一般質問をお行った。質疑内容は概ね以下の通りである。

 介護保険制度は急速な高齢化の進展、寝たきりや認知症の高齢者の急増、家族介護機能の変化等から老後の最大の不安要因である高齢者介護問題に対応するため創設された制度であります。この制度の基本理念、意義としては1つ目に、高齢者自身が介護サービスを選択できる利用者本意の制度とし、多様なサービス供給主体の参入を認め、民間活力の導入、規制緩和を進めたこと。2つ目には保険料負担と供給サービスとの対応関係が、明確で国民の連帯相互扶助に基づく社会方式としたことにあります。このような制度改革の影の部分の是正措置を講じるとともに、国に対して制度改善要望を協力に行うべきと思うがいかがでしょうかお伺いいたします。
 また、本来介護予防や地域包括支援センター等は、一般会計の負担とすべき事業だと思いますが、こういった事業に係る経費が介護保険財政に付け替えられたことに対しては、介護保険制度の財政安定を毀損する内容となったものと思われるがいかがでしょうか。
 本県では、これまでの市町村の保険財政の悪化を回避するための介護保険財政安定化基金を設置、運営するほか、要介護認定審査会の共同設置への支援などを行ってまいりました。
 また、保険者やサービス事業者の適正な事業運営のための指導や、施設介護サービスなど広域的な整備が必要なものについては、市町村間の地域格差が生じないようサービス体制を支援してきたと思いますが、制度改革によりサービス利用者への影響、具体的には、低所得者の施設サービス利用権の減少、在宅サービスでの利用、締め出しの状況の実態認識をどう把握しているのか、また改善に向けた市町村保険者への指導方針の取り組みを併せてお伺いいたします。
 サービス事業者では介護報酬の大幅減額、介護予防の導入により採算が悪化し、介護勤務条件の低下や他産業での景気回復・雇用の逼迫により、人材確保が極めて困難な状況となりサービス基盤拡充の足枷となってきております。民間介護事業者の組織である介護ネットワークの方々からは、日給6,000円台〜7,000円台では介護現場の人材確保は困難であり、報酬が改善されないで、人手不足が続けば、介護サービス事業経営の持続可能性自体が危ぶまれるという悲痛な声が寄せられておりますが、こういった現状認識と今後の対応策はどう考えておられるのかお伺いいたします。

 そんなことを聞いた。詳しい内容は議会のホームページをご覧いただいきたい。
posted by きくちふみひろ at 11:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月03日

衝動買い(2007年12月3日)

 さすがに師走である。雪がちらちら舞っている。今年はどんな年だったかなぁ・・・・・と考えながら“歳を罪することなかれ”を思い出す。どういう意味かというと、たとえば今年は天候不順の為米がとれなかったとすると、つい人情として“天候のせいにしてしまう”「凶作が悪いんだ!」その気持ちはわかるが決して天候のせいにしなさんな!ということである。飢饉や農作物の生産不良を今年は気候が悪いからだ。罪は凶年にあるのだ!!としてはいけないというのである。

 しかし、ここからが頭の痛い解釈となる。それは為政者の責任であり、政治が悪いから農作物の生産が悪く、人民は飢えるというふうに考えるべきであるというのである。そうすれば、天下の民は喜んでそのような為政者の国に集まってくる。後の方は“斯(ここ)に天下の民至(たみいた)らん”と読むそうだ。

 事故や凶作を天災とせず、一種の人災として責任を取る。これが政治家の心がけだそうだ。そんなことを考えながら明日の本会議での質疑の要旨にペンを走らせる。

 夕方、県庁裏を歩いていると宝くじ売り場が目につく。つい年末ジャンボ宝くじをインスピレーションで何十年ぶりで買ってしまう。“当たるような気がする”気のせいだろうか?
posted by きくちふみひろ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月02日

支えられて(2007年12月2日)

 師走に入り、やはり気持ち的に慌しく感じるのは私だけではないと思うが、地元原町の後援会主催のX’mas Partyが午後1時から開催された。地元商店街の恒例の餅つき大会や町内の防災行事とも重なってしまったが、200名を超える方々にお集まりを頂いた。焼き鳥、焼きそば、寿司ケーキ、すべて地元の人たちの手作りである。地元の皆さんの日頃からの心暖まるご協力に対して、ただ々々感謝々々である。

 大先輩から“歳寒(としさむ)くして、然る後に松柏(しょうはく)の凋(しぼ)むに後るるを知る”という論語の言葉を頂いた。

 寒い冬になった時はじめて、他の草木がしおれてしぼんでいるのに、松や柏の常緑樹は枯れずに残っていることがよくわかる。転じて人間もまた、大きな困難に出会ってはじめて、学問や修業につとめている人の真価がわかるという意味で使われるようだ。

 「菊地君も志を抱いて落選、補選にて復帰するなど、この2〜3年間は辛抱の年であった」“凋むに後るる”とは、しぼまないことであるという意味だそうだ。

 イギリスの民謡に「庭の干草」というのがある。露や霜にもめげず咲き続けるバラに例え、人の操もこのようにありたいと歌っている。言わんとする言葉の趣旨は似ていないが・・・・・。この言葉のように気持を上下せずにマイペースでしっかりと意志を貫き通して行こう。
posted by きくちふみひろ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月01日

明るい未来(2007年12月1日)

 ベガルタ仙台のJ1への昇格がおしくもならなかった。もう少しだったのに・・・・・。残念であるが来年に期待したい。将来のJ1選手を夢見る、低学年(小学生)の岩切カップの開会式に顔を出す。北風が吹こうとも子供たちは元気に岩切小学校の校庭を駆け回っている“明るい未来にふれてる”そんな感じを持ったのは私だけではないと思う。

 最後に挨拶をいつものように、「皆さんはサッカー選手です(女性もかなり入っている)つまりはスポーツマンです。スポーツマンはルールを守り、感謝する気持ちが必要です。今日から師走ですが、サッカーができるようにと朝早くからグラウンドの整備やお弁当を作ってくれた。お父さんやお母さん、いつ指導くださる監督、コーチに対してありがとうございますという心を持って頑張って下さい」と申し上げた。早朝の雨がグラウンドを最高のコンディションにしてくれたようだ。優勝はどこのチームか・・・・・・。

 “養いて教えざるは、父の過ちなり” 養い育てるだけで、子どもに教えようとしないのは、父親たるもの失格である。また、学生に厳しい教育を施さないのは、教師たるものの怠慢である。
 近頃、父親の権威失墜が言われているが、子どもを物質的に甘やかすだけできちんと教育しないから、親としての威信をなくすのであるとはよくいわれることである。また、体罰は感心しないが、教師たるものは厳しい姿勢で教えるべきであるとは歴史の教えである。

 午後からは、蒲生地区で県政報告懇談会“ざっくばらんフォーラム”を開催させていただいた。約80名の地域の皆さんに参加を頂く。午後の3時という時間帯にも関わらず多くの皆さんにコミュニティーセンターまで足を運んできてもらった、中野ベイエリアの役員の皆さんにはいつも頭が下がる思いだ。

 つい調子づいてしまい1時間もしゃべってしまう。反省である。それにしても不治の病に侵されていた“鈴木なおや”君が「退院することができました」とお母さんから報告を受ける。「菊地さんの便りが励みになりました」と言われ、つい目がしらが熱くなってきた。

 今年の4月の選挙中『小児がんと戦っている小学生の鈴木なおやなんですが、昔野球をしていて議員になった菊地さんが好きなんです。激励の色紙を書いてくれませんか?』と言われて、なおや君に手紙を書かせて頂いた。そのなおや君が病気と戦いながら退院することができたことは何よりも喜ばしいニュースであった。ガンバレなおや君!
posted by きくちふみひろ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする