2007年12月31日

大みそか(12月31日)

 早いもので今日で大みそか。2007年の幕もいよいよ閉じようとしている。皆さんにとっては、どんな年であったでしょうか、それぞれに色々とこの1年を振り返っていることと思います。この一年間、私のブログをお読み頂き誠にありがとうございました。

 “霜鬢(そうじん) 明朝 また一年”

 大晦日の今夜、はるか遠くの昔を懐かしんだり、また、未来への思いを馳せ、明朝にはまた1つ年を重ねます。

 今年もこうして『人生邂逅』、皆様とご縁を頂いた事に心から感謝いたしております。どうか皆様にとりまして明け来る年も幸多き年でありますよう、心からお祈り申し上げます。1年間本当にありがとうございました。

 追伸・・・・・・・ブログにコメントを頂戴いたしました皆さん、本当にありがとうございました。来年もコメントお待ちしております。
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2007年12月30日

仕事納め(2007年12月30日)

 事務所の仕事納め、部屋掃除をして新年の飾り付けをする。毎年々々同じ事を言いながら年はすぎていくものである。4月の地方統一選挙、新会派(改革みやぎ)、民主党入党等・・・・・・。果たして自分はどれほど社会に、市民・県民のために奉仕できただろうかと?、自問自答しながら私なりに頑張ってきたと思いながら、更なる前向きな気持ちで新年を迎えたいと思っております。

 これまで、平成7年から平成18年までの間八ヶ月というブランクを除けば、本会議場で延べ150回に及び発言をしてきた。“質問のための質問”ではなく県民の視点に立って行ってきたつもりである。今後も現場主義とこの視点は大事にしていきたい。

 この12年間、一緒に汗を流し・涙しながら戦ってきたかけがえのない仲間や同級生、そして・・・・・・多くの人々。政治家は、いくら能力がある、力があると言っても自分一人では何にもできない。

 私は良き後援者、支援者に活かされながら政治活動をしてきた。そういった支えてくれる人がいなければ勝負にならない。いついかなる時でもブレない熱心な人とのご縁があったからこそ元気に活動してこれた。こういった熱心な人との出会いに感謝しながら、これからも“真実一路”ブレずに頑張っていきたい来るべき戦いに向けて!!!。
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2007年12月29日

人の和(2007年12月29日)

 今年を振り返りながら“天の時は地の利に如(し)かず 地の利は人の和に如かず”
 という孟子の話に尽きる。まず事を成すにあたっては、タイミングよりもロケーション、ロケーションよりもチームワークが大事であると説いている。

 物事を成功させるには人の和が最も大切だと教えている。孟子曰く、物事を成就させるには3つの条件がそろわなければならないと考えた。

 一、 天の時・・・・・・実行のタイミング
 二、 地の利・・・・・・立地条件すなわちロケーション
 三、 人の和・・・・・・内部の団結

 その中で孟子は、優先順位を付けるなら@人の和、A地の利、B天の時としたとのことである。確かにそうであるが人生なかなかそうはいかないと感じる今日この頃である。来年は私の干支であるネズミ年である。イノシシからネズミへ新たなスタートの年である。今年を振り返りながら私自身も新たなスタートの年にしていきたい。
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2007年12月28日

気になる数字(2007年12月28日)

 年々高齢化が進む日本社会だが、な・な・なんと農業就業人口に占める60歳以上の割合が68.8%を占めているそうだ。農林水産省の2007年農業構造動態調査によると、07年2月現在で主として農業に従事している人は311万人であり、その中で60歳以上は214万人という数値が示された。さらに70歳以上の農業就業人口に限っても45.2%(141万人)と半数近くである。

 1960年を見ると60歳以上は17.4%(当時農業就業人口は1454万人)1995年50.6%。ここで言えることは60歳以上の比率だけが増え続けているという状態である。

 販売農家というのをご存じだろうか。(面積の30a以上または年間販売高50万以上の方々を言う)販売農家は181万戸である。そのうち販売額が100万円未満の農家は103万戸(57.3%)で、300万円以下の販売農家と合わせると全体の80%になる。一方では700万円以上の販売農家は、19万戸で一割に満たない。

 農業の担い手となる39歳以下の方々は、28万人と全体の9.2%にとどまっているようだ。高齢者が現役として農業を支えている状態がはっきりと解る。暮れのあいさつ回りをしながらその実状を聞いて、これまでの農業政策は間違いだったのではないだろうか。そんな疑問に駆られるのは私だけだろうか?食料の自給率うんぬんの問題以前である。難しい難題だ。
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2007年12月27日

本(2007年12月27日)

 “人は其の長ずる所に死せざるは寡(すくな)し”
 人間は自分の長所のために身を滅ぼすことが多いものだと墨子(ぼくし)は説明する。そして、さらにこうも説明している。

 「ここに錐(きり)が5本あるとすれば、真っ先に折れるのは一番鋭い錐である。刀が5本あれば最初に摩滅するのは切れ味の最も良い刀である。 また、一番先に汲み尽くされるのはうまい水の井戸だし、真っ先に切り倒されるのは高くてまっすぐないい木である」と言っている。つまり、自分の長所に酔うなという戒めである。

 事務所掃除をしながらついつい手を休めてしまった。こういう時に限って良い言葉に出会う。しかし、掃除の方はなかなか進まない。これが世の常である。と感心してもいられない。それにしても1年というのは早いものである。
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2007年12月26日

教科書検定に思う(2007年12月26日)

 沖縄戦の集団自決を巡る教科書問題で「集団自決」について軍の関与が記述される教科書の再修正を文部科学省が承認した。当たり前であり、当然の流れだと思う。そうであれば、春の検定は何だったのだろうか。「軍の強制」との表現はダメだが「関与」ならOK。これもまたおかしなことである。歴史認識を正しく伝え、その過ちを二度とおこさないようなことが大事であって歪曲するのは全体主義に繋がる。

 沖縄戦の集団自決を巡る高校日本史の教科書検定問題に、文部科学省が結論を出した。沖縄県民の方々からは「一歩前進」だとの声が聞こえてくるがそういった評価と「歴史の歪曲は変わっていない」との批判もある。しかし、教科書検定問題に対しての不信感はつのるばかりである。

 千葉大の新藤教授は「沖縄県民からの大きな抗議があり、そして政権も(安倍→福田首相に)代わって今回の見直しに至ったわけだが、その経緯は検定が『教育の中立』からほど遠いことを示したことになる。史実に関する記述に、そもそも文科省が微に入り細をうがった注文をつける必要があるのか」と言っておられる。誠にその通りであり『教育の中立』ということは大事である。いつか来た道にしてはならない。
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2007年12月25日

史記(2007年12月25日)

 『史記』に目を通していると面白いというかなるほどと思ってしまった文章があったので紹介したい。

 “鉤(こう)を盗む者は誅せられ、国を盗む者は侯(こう)たり”
 帯金を盗む者は死刑にされるが、国を盗む者は勝つと諸侯になる。つまり、コソ泥は捕まると極刑にされるが、大きな盗みは成功すると立身出世するという意味である。なるほど、個人的な殺人は罪に処せられるが、戦争での殺人は英雄にされる。この部分はなかなかなるほどとは納得しにくいところもあるが、歴史が全てを物語っている。日本語の“勝てば官軍”と同じ意味である。

 中国でも“勝者王敗者寇”もこれと同じようなものである。『史記』の中で著者でもある司馬遷(しばせん)は、そうした歴史の中の非情さに矛盾を感じていた。文章からもそう読み取れる。だからこそ、彼の書いた『史記』には王侯や善人だけではなく、中立的・客観的に庶民や悪人を取り上げて歴史を伝えている。現代でも大いに勉強させられる。
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2007年12月24日

メリークリスマス(2007年12月24日)

 朝のTVのワイドショーを見ていたら「薬害肝炎訴訟をめぐり全員救済」を表明した福田総理の発言のニュースが報道されていた。たった3日間で180度の方針転換である。なぜもっと早く答えてやれなかったのか?一律救済に至った理由について新聞を読むと「人の命に関わることだから無視して通る訳にはいかない」との福田総理のコメントである。なぜ、もっと早く原告団、薬害被害者の気持ちを汲み取ってやらなかったのか、20日の日になぜその考えがなかったか、それはなぜなんだろうか?政治家としてあるいは大臣としての真意を聞いてみたい。

 「人の痛みや人の弱みを理解できない政治、行政がこのところ多くなってきた」と挨拶回りをしていると、市民の皆さんからそんなことを言われることが多くなってきた。まさに二世、三世の世襲政治・冷酷な官僚政治の極みになってしまったのではないだろうか。

 市場原理主義や財政が厳しいゆえの効率化によって、実態社会や生活感といったものから政治が遠ざかってしまっているような感じがする。

 お詫びをしたり反省するのは恥ずかしいことではない。ウソをついたりごまかしたり責任逃れすることなく私自身は正直に潔く政治活動をしていきたいと思っている。”薬害肝炎訴訟をめぐる被害者全員の救済を心から願いたい。”

 今日はクリスマス・イブである。町行く人々・家族連れの顔もほころばしい、子ども達の顔もプレゼントを買ってもらったのか、何とも楽しげである。近所の“すがわら”という菓子屋さんで生クリームのクリスマス用のケーキを買い、私自身もクリスマス・イブを祝う。ケーキをほとんど食べない私であるがこの原町の“すがわら”のケーキだけは、好きである。生クリームといいスポンジといい絶妙な軽いタッチの美味しさは、絶品である。今年一年にメリークリスマス
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2007年12月23日

庶民の財布(2007年12月23日)

 厳しい人件費カットが奏功して企業は強く立ち直ってきた。しかし、後遺症も大きい。バブル後の不況から脱出するため、企業は必死でリストラを進めた。その的になったのが「人」、つまり人員整理だった。新卒採用を抑え、派遣や請負により業務を急激に外部化した。そして、社内では徹底した成果主義を導入して特に中堅層と言われる人々の給料を抑制したのである。

 そして、今ここにきて人材の力で勝負すべきこの時に人材の劣化が進んでしまった。「仕事のノウハウを伝えて後輩を育てるシステムが機能しなくなり、働く意欲も低下した」とは、経済人の話である。「人を育て社員の力を十分に引き出すには、雇用を長い目でみる必要がある」とは百貨店経営者の話でもある。

 数字上では景気が回復し、一部の企業では人手不足の環境が一変したことも手伝いリストラ路線から方向転換する企業も出てきている。

 今日はクリスマス・イブのイブの日である。日曜日ということもあり、仙台市内の中央部は人で混雑している。景気の良い話は聞くが、給料が上がったとはあまり聞かない。庶民の財布も果たして堅いのだろうか?クリスマス商戦の結果はいかにである。
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2007年12月22日

冬至(2007年12月22日)

 冬至は24節気の一つである。今日から小寒までの期間を言うそうだ。太陽黄経が270度のときで、北半球では太陽の南中高度が最も低く、一年の間でも昼が最も短く、夜が最も長くなる日(実際には数日ズレるそうだ)である。明日からまた少しずつ日が長くなってくる、まさに偉大なる自然の摂理である。

 日本では、古来この日に柚子湯に入り、冬至粥(小豆粥)や南瓜(かぼちゃ)を食べる風邪をひかないと言われている。中国北方では餃子を、南方では湯圓(餡の入った団子をゆでたもの)を食べる習慣があるそうだ。

 恒例の五輪寿会(老人クラブ)に参加する。卓上には、「冬至南瓜」が並ぶ。寿会のご婦人方が市民センターの調理場を使って作ってくれた。ご当地仙台では、冬至に食べる南瓜には、甘味を押さえた小豆(あずき)の餡(あん)が入る。

 子供の頃から、この甘みをひかえた甘さが大好きで、特に多少置いて冷たくなった「小豆入り冬至かぼちゃ」を頬張るのが楽しみであったが、今は毎年この五輪寿会でおいしく頂くのが、恒例となっている。「菊地さん、おかわりあるよ!」と早速声がかかる。「いや〜お腹がいっぱいですよ」とは、なかなか言いにくい。無理してももう一杯となってしまった。 本当においしい小豆入り冬至かぼちゃであった。いつもありがとうございます寿会のみなさん!
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2007年12月21日

行動経済学(2007年12月21日)

 行動経済学というものがあるそうだ。なぜあの人はいつも「ルイ・ヴィトン」を買うのだろうか?ウィンドウショッピングをして様々なブランド物を見て回るが、買うときには結局“ルイ・ヴィトン”を選んでしまう。こんな人が日本人には多いそうだ。なぜだろうか?

 新古典派など標準的と言われる経済学が説明するのは「消費者はつねに合理的な判断を下し、結果という満足度を最大化する」というのである。しかし、実際に私達の心理はと言うと一見非合理な感情や直感、習慣で買い物をしてしまっているのではないだろうか。私などは正にそうである。

 そんなことを説明するあるいは、調査をするのが行動経済学だそうだ。なるほど面白そうだ。行動経済学とは、欧州では経済心理学とも呼ばれ、「人はどのように行動するのか」「なぜそうするのか」「その行動により、何が生じるか」といったテーマを扱う新しい学問だそうだ。

 彼は、「昼は必ずラーメン定食」。彼女は決まって「ルイ・ヴィトン」のような疑問を解くには、行動経済学の価値関数という考え方が必要になるそうだ。その価値関数の要素である「損失回避性」という人間の性格や性質が大きく関係してくるというのである。

 損失回避性とは、人は同額の損失と利得があった場合、損失による「不満足」が利得になる「満足」より大きく感じられることを意味するそうだ。たとえば1000円の利得と1000円の損失では損失の方を強く感じてしまう。(確かに私も・・・・そうである。)

 米国の実証研究によるとその差、つまり心理的に感じる度合いは約2〜2.5倍もあるとのことである。なるほど確かに私達の心理というものは経済的物理的消費行動だけではない、だからこそ経済はよく生きている言われる。そういった視点こそが必要である。「うん、うん、うなずくばかりである・・・・・・」
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2007年12月20日

哲学者風?(2007年12月20日)

 “歓楽極まって哀情多し”師走も後半である。「御年とり」とも言われる時期である。喜びや楽しみが極まってくると、かえって一種の哀しさを覚えるものだというのである。若い若いと自分自身で思っていても、私も、もう来年は48歳である。(こんなことを言うと先輩諸兄から“おしかり”を受けるが)

 しかし、若さがいつまでも続かないのが人生である。やがて誰もが年を取るものである。そんな時に誰しもが思う気持ちを表しているのがこの詩である。この詩の後に続く句は、“少壮幾時ぞ老いをいかんせん”とある。

 漢の第7代皇帝「武帝」が、地方を行幸したときに地方の地の神を祀り、酒宴を催いた折に作ったと言われる詩の一説である。漢の武帝は、皆さんは知っての通り、漢帝国の中興の祖であり、国威を宣揚した大皇帝であった。以前、中国西安(昔の長安)を旅行したときに西安市の郊外にある山(遺跡)の中で一際大きいのに驚かされた、その万能のワンマン皇帝でさえ、楽しみの影に忍び寄る哀感は、いかんともしがたかった。それが人生というものであろう。とこの本にかいてある。読んでいるうちに私自身も哲学者にでもなった気分にさせられてしまった。
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2007年12月19日

杞憂(2007年12月19日)

 地方法人2税の落ち込みで来年度の財源不足は133億に達する見込みであるとの報告が財政課からあった。2008年度の地方財政計画(国)によると、人口170万人規模の県には、20億円程度が特別枠として配分される見通しだが、「それでも財源不足は100億円以上に上る」とは財政課の話である。益々厳しさを増してきている。

 今年すでに、本県では今年度の財源不足を補うため、財政調整4基金や社会福祉基金などの特定目的基金を前倒しで取り崩すことを決めており、基金はほぼ枯渇するとのことである。

 来年度当初予算編成では、公共事業費や各部局の事業費の10%カットを打ち出しているほか、88億円分の減収補てん債発行を総務省に要請しているが、うち43億円分が認められるためには法改正が必要で、認められるかどうかは不透明な情勢であるようだ。

 杞憂しないことが大切であるが(杞憂・・・・心配しないでもよいことをあれこれといらぬ心配をすること。杞国に人の天地の崩墜して、身寄するところなからんと寝食を廃する者ありと解釈するそうだ)平成20年度の予算関係の議会が年明け早々から始まる。それにしてもかなり厳しいことは言うまでもない。
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2007年12月18日

赤心(2007年12月18日)

 東京ヤクルトスワローズに入団が決定している育英学園高校3年生の“佐藤由規君”の激励会に出席をする。発起人代表の仙台トヨペット社長、天野平八郎さんの野球談議のご挨拶の後、球団社長鈴木正氏のお祝いの言葉等・・・・錚々たる方々の挨拶からも期待感が伝わってくる。

 由規君の父親、仁氏と同級生ということもあり、同級生が久しぶりに集まり、激励をしてきた。仙台市内の政治、経済関係者500人程度が集まった。相変わらずの家族思いで涙もろい由規君の挨拶に大いに盛り上がった。日本野球協力の至宝でもあり、来年からの活躍を期待している。

 その後、気の置けない友人と忘年会をし、上杉から一時間ほど歩いて帰宅した。“赤心を推して人の腹中に置く”自分の真心を取り出して、相手の腹の中に入れる真心を以て人に接し、相手を信じてすこしも疑わないことをいう。“赤心”とは嘘偽りのない心のことである。

 自分の心を取り出して、相手にあずけるというからには、よほどの覚悟がないとできることではない。そこまでしても相手に当方の誠意が分からない時には潔く諦めることである。人間はなかなかこの境地に達することは出来ず、若干の嘘を残して人に対する。だから相手も心を許さないのである。とはまさにその通りである。
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2007年12月17日

治安(2007年12月17日)

 野放しにできない『合法銃』! まず問題なのは制度そのものにあるようだ。猟銃などを持つためには講習や試験を経て警察署に申請をし、審査を受けることが義務つけられている。しかし、薬物中毒や公共の安全を害する恐れがある場合は許可されない。

 ところが、この度の事件の容疑者はこうしたチェックをすり抜けたばかりか、追加許可も得て銃をまた買ったことが分かった。警察は本当に狩猟などに使ったかどうか把握しきれず、自己申告に任せているのが実態のようだ。

 その上、3年毎の更新審査は初回よりも簡潔である。審査や管理体制の甘さに加えて、今回の事件では地域での警察の対応にも手抜きばかりであったことが分かってきた。男性は奇妙な行動が目立ち、銃を手に近所をうろつくこともあったようだが、交番所は住民の通報にも取り合わなかったという。

 おきるべくして起こってしまった感じもする。全国に所持が認められた猟銃は30万丁も出回っている。許可を得るのはさほど難しくなく、更新も容易で警察はあまり使用状況のチェックもしなかったのだろうか。

 自殺した容疑者は狩猟や射撃用として散弾銃三丁と空気銃一丁を持っていた。法規制をはるかに超える約2700の実弾も見つかったとのこと。こうした事件を超す男に四丁の銃と大量の実弾が得られているずさんな制度を見直す事が必要ではないだろうか。ニュースを聞きながらご挨拶をしながら治安の維持の大切を思った。
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2007年12月16日

星空に誓う(2007年12月16日)

 師走の日曜日というお忙しい時期ではあるが、榴岡・宮城野後援会の皆さんにお集まりいただき、近況の報告をさせて頂いた。50名程の皆さんに出席をして頂いたが秘書時代を含めると、25年来の後援者もいる。後援会の皆さんには、本当に頭が下がる。日頃のご支援・ご指導に深く感謝を申し上げたい。

 懇談の中で“天行建(てんこうけん)なり 君子以って 自強して息まず”人生はまさにそうであると、故事を思い浮かべながら実感をする。

 天体の運行は健やかで、一刻も休むことがない。君子も人々もそれにのっとり、“自強(じきょう)”とは自ら努力することである。天も地も目には見えぬが刻々と動いている。『私達もこの群なる星の中の一つ々々である』とつくづく思う。

 天体の運行とは、言葉をかえて言えば時間の推移でもある。時間は止まることがなく、常に動いているところが人の生涯には限りがあるもので悠久な時間の推移に比べると、ごくわずかな間にすぎない。人として生まれてきたからには、何かを残したいと誰しもそう思うのは人情である。

 そのためには、自強が大事であると教えている。皆さんと懇談をしながら、この群青色に染まる星空を眺めながら、これまで政治家として育てて頂いたことに感謝をしながら、来年へ向けて新たな強い決意を誓った。
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2007年12月15日

銃(2007年12月15日)

 「銃乱射、容疑者は自殺・・・・・・・。」自殺した37歳の容疑者と射殺された男性は学校の同級生で、「今でも仲がよかった」と被害者男性の弟は、泣きながらテレビのインタビューに語っていた。決して凶行の免罪符的な考えになってはいけないが、なぜ事件が起こったのだろうか?理由がわからない。

 二人が死亡、6人が重軽傷を負った長崎県佐世保市の散弾銃乱射事件は、金曜日の午後7時過ぎに起きた。週末の私たちがもっとも解放感に浸る時間帯である。屋内プールは音がよく響くようだ。「パンパーン」犠牲になった女性のインストラクターや子供たちの陽気な声が反響していたのに・・・・それがまさか銃声と悲鳴が響き渡るとは誰もが思いつかないことだったことであろう。

 銃乱射・・・・○人死亡。外国ではよく聞くニュースである。特に銃社会といわれる米国発のニュースは、今年の4月に大学で32人が射殺されたように、どれほどこういったニュースを目にしたことであろう。今月になってからもショッピングセンターで8人が死亡する事件もあった。「また、アメリカで・・・・アメリカは怖いなー」と感じていた。

 しかし、今や他人の命も自分の命もあまりに粗末に扱われる事件は、決して対岸の火事では済まされない現実が、私たちの社会で起こってきている。2人のご冥福をお祈り申し上げたい。そして、犠牲者の無念、理不尽な恐怖に打ちのめされた子供達の耳から”銃声が早く消えること”を祈りたい。
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2007年12月14日

暖冬?(2007年12月14日)

 山形の帰り笹谷峠を通っても、まだみぞれ混じりである。山頂には薄っすらと雪が眺められるが、暖冬なのだろうか?気象状況が気になるところだ。

 今夏の猛暑は急激な海水温の上昇をもたらした。沖縄県石垣島西表島の間に広がる日本最大のサンゴ礁では、今年6月末から梅雨明け以降の異常な海水温の上昇によって、海水温が30℃を超える状態が続き、サンゴの白化が進んでしまった。白くなったサンゴは光合成ができないため、長くその環境が続くと死滅してしまう。

 環境省の国際サンゴ礁研究調査によると、80%以上のサンゴが白化しているそうだ。秋になってもサンゴの被害はとどまっていないとのことである。温暖化問題が深刻化しつつある。

 地球温暖化防止を話し合う国連気候変動枠組み条約国会議(COP13)は、2013年以降の新たな温暖化ガス削減の枠組み(ポスト京都議定書)作りに関し、09年末までを高尚期限とする行程表「バリ・ロードマップ」を採択する予定である。

 削減の数値目標は今後議論するところであるが、発展途上国にも削減努力を求め、先進国を対象とした京都議定書より踏み込んだ形になるとのことである。

 私たちが思っている以上に地球温暖化は深刻なのかもしれない。私たちができる身の回りのことから取り組んでいくことが必要である。
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2007年12月13日

初対面(2007年12月13日)

 マナーの本を読んでいたら、じつに様々な日常のタブーが並んでいる。たとえば結婚式での「別れる」「切れる」は誰しも気をつけそうだが、面白いのがうっかり口走ってしまいそうな「新しいスタートラインを切って」とは言ってはならないそうだ。「新しいスタートラインに立って」が正解だという。再婚を連想させる意味で「重ねる」「重ねて」も不解らしい。日本語というのは難しいと考えさせられた。

 また、梨を「アリノミ」、スルメを「アタリメ」と呼ぶのもそもそも忌み言葉であるようだ。「無し」や「お金をする」に通じて縁起が悪いというのが原因で、その言葉を避けたり言い換えたりする風習である。

 娘もいよいよ大学受験である。受験生にとっては「滑る」という言葉も禁句かもしれない。辞書で忌み言葉を調べると、それを口にしたとたんに凶事を招くと恐れられたという習慣から来ているらしい。

 陳情の為、午前11時26分に上京。夕方午後6時には帰仙。桜井充参議院議員の10周年パーティーに出席後、2〜3会合を回り、最後は知人3人と一丁鮨で忘年会。親方は話をすると私と同年である。カウンターの2人揃れから声をかけられる「きくち文博さんですよね」「はい」「私、毎日菊地さんの坂下交差点でご挨拶されている姿に共鳴しているんです。ぜひ頑張って下さい」宝酒造叶ホ川支社長さんとエリア統括マネージャーの大谷さんである。初対面ではあるがありがたい言葉をかけて頂く。こういった言葉は明日への活力になる。明日からまた元気に頑張ろう。
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2007年12月12日

お祝い会(2007年12月12)

 師走に入り、忘年会やX’mas会に声をかけて頂き連日宴席が続いている。3年前まで宮城県私立幼稚園PTA連合会長を務めさせて頂いた。そんな関係もあり、幼稚園や幼児教育に携わる方々とのご縁もたくさんある。

 そんな中で、永年幼児教育にご尽力された“お人形社第二幼稚園の横澤行夫先生、向陽台幼稚園の庄司昭先生の文部科学大臣表彰と宮城県知事表彰”のお祝い会が開催された。スピーチの中で、詩人ゲオルグの「たとえ明日、地球が滅びるとも、君は今日リンゴの木を植える」という一節を引用させて戴いた。アル・ゴア前米副大統領がこの度ノーベル環境賞の栄に浴くされた。

 彼は、その受賞の中でこの一文を引用されていた。(たぶんそうであったと思うが)環境問題も幼児教育も一朝一夕には、なかなかうまくいかない。少子化・人口減少時代を迎える中で、グローバル化が進み、様々情報が子供達の回りに氾濫している。そういった時代の変化の中で明るく、元気でたくましい子供達を成長させていくことは、大変なことである。

 学力低下も叫ばれている。そんな中で即効性のある処方箋はなかなか見当たらない、今こそ幼児教育に力を注がなくてはならない。お二人の先生方はこの道何十年というベテランであっても毎日が新しい“出会いと修業である”と申されていた。経験が生かされる時代でもある。

 お2人の先生には今後ともご健勝で、大所高所より後輩への指導のお願いを申し上げながら挨拶をさせて頂いた。心からおめでとうございます。
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