2007年07月11日

いよいよ明日から(2007年7月11日)

 いよいよ明日から参議院選挙が公示され党首討論を聞いていても、特に総理の話は訳が分からない。年金問題にしてもまさに国家の振り込み詐欺と一緒である。それが労働組合が悪いとか責任論を言うのであれば、“責任転嫁をするな”と声を大にして言いたい。

 “直(ちょく)にして温(おん)、寛(かん)にして栗(りつ)”

 まっ正直で妥協しないいが、やさしく思いやりがある。寛大であるが、けじめをきちんとつける。古代中国の聖帝といわれた舜が、部下に若者の教育を命じた時の言葉である。

 栗(りつ)とはけじめをつけるべき時にはピリッと厳しくするという意味。いくら寛大でもけじめをつけられないトップには威厳がない。また、いくら声を出して、まっ正直風に言ったところで、心がなければ部下だって心服しないと思う。

 政権交代こそがこれからの日本にとって必要だ。
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2007年07月10日

すごいの一言(2007年7月10日)

 西南日本に停滞する梅雨前線。集中豪雨の被害は拡大しつつある。空は灰色に垂れこめたままの曇天。降る雨の匂いに心を休め、ぬれそぼる草木に生の揺らぎを感ずる慈雨の風情や風流といったものとは全く違う。そろそろ、かっと照りつける太陽が待ち遠しい頃である。

 自宅でテレビを見ていると、イチロー選手がオールスターゲーム初のランニングホームランを打った。外野手の捕球がまずかったせいもあるけれど、しかし、それにしても改めて足が速い。イチロー選手はすごい。

 サンフランシスコジャイアンツの本拠地AT&Tパークで行われたオールスター戦。7年連続出場のイチロー選手は1番センターで先発出場。第一打席は、2球目の真ん中低めをライトにヒット!。第2打席目は、変化球を絶妙なバットコントロールでレフトにポトリである。3打数3安打の活躍で日本人初のMVPを獲得した。

 まさに、イチロー選手は野球をこよなく愛する私たちにとって、大いなる夢を与えてくれる。何よりもましての素晴らしいプレゼントである。すごい・素晴しいの一言に尽きる。
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2007年07月09日

お客さんが欲しがる車(もの)(2007年7月9日)

 ネッツトヨタに伺った。今世界中で、環境にやさしく持続可能な交通手段が求められている。この要請に応えるために、自動車メーカーはかつてない「技術競争」をしており、業界の大きな転換期に直面しているようだ。

 では、どのような技術が主流になるのだろうか?バイオ燃料、クリーンディーゼルハイブリット車、燃料電池車等、様々な技術が挙げられ、結果はまだ誰にも分からない。未来へのカギは依然として見つかってはいない。

 また、たった一つの技術が良いという予想もしがたい。しかし、様々な環境技術で各社は競争をしているが、勝負を決めるのは技術者ではなく、消費者ニーズが最大の決定力を持つとのこと。

 『消費者が環境技術を吟味し、新車を1台買うということは、選挙で一票入れるようなものです』とは副社長の話である。つい最近まで、消費者ニーズは環境性能の優先順位としてはあまり高くなかったそうだ。環境に対する意識向上に伴って環境対応への配慮がクルマ選びを一層左右するようになったし、今後そういった消費者ニーズは高まるだろうとのこと。

 国内での車の販売台数が軽自動車も含め、前年対比でマイナスを示し始めているとのこと。ディーラー各社でも考え方を変えなければならないとは、営業本部長の話である。ビジネス社会は、まさに朝令暮改だ。
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2007年07月08日

命日(2007年7月8日)

 7月8日は、父源一の命日である。今から25年前の午前9時45分に急性腎不全で亡くなった。“光陰矢の如し”である。もう四半世紀も経つのかと正午過ぎに墓参りに行く。梅雨明けを思わせるような青空の中、額の汗を拭きながら焼香する。あの当時は、梅雨特有のうっとうしい“しとしと”降りしきる雨模様の日であった。その時分とは全く違う空模様である。

 夕方からは、新田地区のビアパーティー。地元の小中学校出身ということで昔なじみの方々が日曜の夕方にも関わらず200人ほどお集まりを頂いた。地元はやはりいいもんだとただただ“感謝……感謝”である。懇談の中で“大道(たいどう)は多岐を以て羊をとる”を思い出す。大きな道は岐れ道が多いために、逃げた羊を取り逃がしてしまう。という意味である。

 学者はあまりにも多方面にわたりすぎると、真理をとらえることができなくなる。また“学者は多方を以て生を喪う”という意味もある。“多岐亡羊”(たきぼうよう)という熟語はここからとったものである。

 方針が多すぎて選択に困るということであるが、そのとおりである。政治家はグレイゾーンのタブーが多い。日本のことわざにも、『船頭多くして舟山登る』というのがある。これも同じ意味である今回の参議院選挙は明確に岡崎トミ子さんを応援する。
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2007年07月07日

星に願いをこめて(2007年7月7日)

 ある家の軒下にもう朝顔が咲いていた。清廉な水色や鮮やかな紫、「団十郎」と呼ばれる渋いあずき色日本的な色彩である。
 午前にしぼんでしまう儚い美しさが、私たちの心を引きつける。

 自宅のベランダ風鈴を下げた。風が風鈴を『チリン』と鳴らす。あたりを涼しい風が走っていったような感じを覚える。夏の風物詩の代表である朝顔・風鈴、音色だけで涼しさを感じるのはやはり日本人であると実感する。

 今日は7月7日、新暦の七夕(たなばた)。七夕は年に一度、おり姫星(織女星、ヨーロッパ風に言うと、こと座のベガ)と、ひこ星(けん牛星ヨーロッパ風に言うと、わし座のアルタイル)が天の川をわたってデートすることを許された特別な日とされている。

 しかし、7月7日といえば日本のほとんどの地域は梅雨のまっただ中である。例年だとこの時期に2つの星を見ることはなかなか難しい。

 ではなぜ、天候が悪いこの時期に『星のお祭り』をするのでしょうか?実はこの問題には明治の改歴カレンダーの決め方に原因があります。もともと七夕は天保歴の7月7日に祝っていたものが、明治6年(1873年)から天保歴ではなく西洋式の太陽暦を使うようになったため、七夕も約1ヶ月早い時期に祝う行事となってしまったようです。

 現在でも『新暦の7月7日』ではなく『天保歴の7月7日相当する日』や『月遅れ(新暦の8月7日)』に七夕祭りを行うケースが多いわけですが、その代表が『仙台七夕』です。
 それでは星に願いをこめて・・・・・・・・・・・・・・・・。
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2007年07月06日

美しい国(2007年7月6日)

 いよいよ消費税の増税も政治課題として安倍総理が示唆しだした。安倍政権が看板にする「美しい国、日本」政策についての意見が新聞に載っていた。

 政府の世論調査の結果も同時に発表された『美しい国の形』4条件のどれが最も重要かとの問いには回答の半分弱が「文化、自然を大切にする。」に集中し、後の「規律を知る。」「成長を続ける。」等3条件は1〜2割の支持であった。

 参議院選挙を前に「目指すべき日本の形を訴えれば勝てる」と安倍総理は力説している。総理にとってこの調査結果はどういう風にとらえているのだろうか。年金問題、大臣の自殺、防衛大臣の辞職・・・・・・・・・・・・・と続いている。安倍総理の『美しい国(うつくしいくに)』は反対から読むと『憎いし、苦痛(にくいしくつう)』となる。私には安倍総理の声として『憎いし、苦痛』としか聞こえてこない。
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2007年07月05日

(2007年7月5日)

 我が国の地方自治体は二元代表制になっている。言うまでもないが、二元代表制とは『市民が議会を選ぶ、選ばれた議員の方が条例を発議する立法権を持つ、そして議会が決定する。首長(知事・市長等)は、決められたことを執行する行政権を持つ。また議会が決めた動議を首長が執行しているかどうか監視する監視権を持つ』ことである。

 しかし、現実には、年間議員発議条例数が一都道府県あたり平均3件である。しかも、ほとんどが報酬条例や議員定数条例が多数を占めており、政策条例はわずかしかないと言われている。その一方では知事部局による年間発議条例は平均70件となっている。

 つまりは、二元代表制が十分に機能せず、権力の抑制と均衝が働いているとは言い難い状況だと言われている。だからこそ緊張関係を保たなければならない。執行部に遜って「ご指導下さい」では何の為に議員になったのかである。首長が何か新しい政策を作成する時に、県のホームページに掲示して住民からのパブリックコメントを求めるようになってきた。こうした方法で首長と住民の間に直接パイプができ、『改革する首長』というイメージが生まれた。

 しかし、一方では昨年に12月の地方分権一括施行以降、地方議会がどのように変わったかといえば「減額修正権や対面型の一問一答方式など」の議会のあり方程度である。そういったことを認識しながら、住民の代表ということを責任を持って日々の活動をしていくことが大事だと強く感じている。
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2007年07月04日

6月定例会を振り返って(2007年7月4日)

 6月定例会も今日で閉会となる。外国人の社会参画を促がす基本理念を掲げる『多文化共生推進条例』など26議案を原案通り可決、承認をした。

 また、県教育委員会が08年度、生徒募集をしないこととなっている飯野川高校(石巻市内旧河北町)の存続を求める請願は、無記名投票となり結果は賛成23、反対37で不採択となった。

 私は、地域のコミュニティを考える上から賛成に投じた。その他、年金記録不備問題の早期解決を求める意見書は全員賛成により可決である。

 私自身の反省もあるが、本議会で特に目についたことは、「知事、丁寧なご答弁本当にありがとうございました。」「執行部のご指導の下、県政発展に貢献したと思います」との自民党議員の発言にはびっくりさせられたのと同時に議会のガバナンスが問われているのになぜ執行部にへりくだる必要があるのだろうか?疑問に思えてならない。今こそ議会人の本質が問われる。

 特に「ふるさと納税」をめぐる議論も違和感を覚えた。自民党の中堅議員がこの問題で質問したのに対し「今後の動向を見守る」と答弁をしておきながら、二日後、徳島県知事や山形県知事との懇談の席では、石原都知事をはじめとした大都市出身知事が「ふるさと納税」に反対しているのに対して、賛成する旨の発言したりと議会軽視に反論しない自民党会派の姿勢には、まったく失望してしまった。

 私達「改革みやぎ」の真価が問われる!9月定例会ではしっかりと質疑をしたいと思っている。
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2007年07月03日

新聞を見て(2007年7月3日)

 防衛大臣が辞任した。なぜ今日になって辞めるのだろうか?昨日の安倍総理との会談はなんだったのか。参議院選等に悪影響を与えるということで責任を取るのなら、政治家あるいは安倍内閣の潔さがまったくない。党利党略でしかないといわざるを得ない。

 以前にも「女性は産む機械」「結婚したら二人子供を作らないと不適切」の厚生労働大臣の発言も共通している。この方も官僚出身である。官から民へ、戦後レジューム(体制)の脱却を言っているが、言葉だけである。年金問題も大きな争点であるが、官僚政治からの脱却も訴えていかなければならない。

 そして、もう一つは2世、3世の政治家と官僚のもたれ合いの政治が緊張感を無くしている。2世、3世の政治家には生活感といったものが分からないのではないだろうか?

 政治は弱い人のためにある。一生懸命頑張っている人のためにある。真の公平・公正な社会を実現するため、全力を尽くして闘っていきたいと改めて決意した。
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2007年07月02日

原爆投下しょうがない(2007年7月2日)

 防衛大臣の「原爆投下しょうがない」との発言が新聞テレビで大きく取り上げられている。「表現の仕方がまずかった」と釈明し、発言を撤回してみせようとしているが現職閣僚がいったん公の場で発言した以上『綸言(りんげん)汗のごとし』である“いったん口にしたら汗と同じで元に戻らない”という意味である。

 “自分の言葉に責任を持てと強く言いたい”何を口走ろうと取り消せばいいなら言葉・言説が命のはずの政治家への信頼はなくなってしまう。安倍内閣での問題発言はかなり多い。国民の空気を読んでるのであろうか?疑問でしょうがない。

 信念のない、心ない間違った強権的リーダーでは国民が困るのである。正しい歴史認識と世界で唯一の被爆国であることを忘れてはいけない。だからこそ原爆の悲惨を言えるのである。

 こういった思いを世界に伝えることが政治家として必要だと私は確信している。是非とも参議院選挙で明確な正しい判断をしなければならないと思う。政治は国民あっての政治である。子供達や弱い立場にある人たちの未来のために、賢明な意思表示をしなければならないと思っている。

 今日は、午前8時に仙台駅前での社会を明るくする運動に出席をし、10時からは総務企画委員会に出席をし、議案審査を行った。梅雨らしいうっとうしい日であった。
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2007年07月01日

凡人(2007年7月1日)

 テレビ新聞は、もう与・野党対決の参議院選挙一色といったところである。県議会の中ですら、小さな意見書や請願でも政治的な駆け引きがある。そんな時に政治は権力争いだと強く感じる。

 “仁(じん)に里るを美と為す”

 仁に生きることが、人間としていちばん美しいことであるという意味であるが、そうは言うもののなかなかそう生きられないとこに人間としての葛藤がある。

 仁をもって行動のよりどころとし、仁の道に外れないよう心がける。これは仁に安住するものであり、この上なく素晴らしく、また、美しいことだと孔子は説いている。

 孔子によれば人間として生き方をいろいろ探求するのはよいが、結局は仁に安住することが最も良いといっている。このことに気がつかないようでは、賢い人だとは言えない。

 というわけであるが、凡人の私には言葉として理解は出来るが、う〜〜〜ん・・・・・・・・・・・・・・・・・・である。“里は仁なるを美と為す”とする人もいる。悩みは尽きない。
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