2007年05月31日

たばこ税(2007年5月31日)

 5月31日は禁煙デーである。新幹線で、ある雑誌をみていたら、いつ頃からの行事かは、はっきりしないが、ここ数年の流行だそうだ。

 たばこ1本について、売った店が存在する市町村に3円29銭8厘がたばこ税として交付されている。この事実を皆さんはご存知だろうか。このことはあまり知られていないようだが・・・

 20本1箱のうち、66円も市町村に入っていることになる。その総額は8240億。これは住民税の基本的である個人住民税均等割総額のなんと5倍である。

 政令都市仙台あるいは県内市町村等、身近な役所がたばこの恩恵を受けていることになる。

 一般論として、それならそれ相応の感謝の気持ちを表すのは当然のことであるが、しかし、たばこを目の敵にして喫煙を抑圧する地方自治体は少なくない。そのくせに、たばこ税はフトコロに入れて知らんぷりが多い。

 因みに私もたばこは吸わないが、確かにたばこ税の税収は大きい。禁煙デーに象徴されるように喫煙をとやかくいう自治体は道義的にたばこ税を返上すべきではないのかなあと思われる。あくまで話しとしてではあるが・・・
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2007年05月30日

実証主義(2007年5月30日)

 おいしいごちそうがあっても、食べてみなければ、そのおいしさはわからない。同じように、どんなに立派な道徳があっても、学んでみなければ、そのすばらしさはわからない。

 いくらおいしそうに見えても、食べてみなければ、その味がどうかはわからない。

 全てにおいて、物ごともこれと同じようなものである。学習し、学んでみなければ、その良さを理解できないはずである。一種の実証主義でなければ、政治も成り立たないのではないだろうか。

 5000万件に上る「消えた年金」。社保庁の試算では、時効で泣き寝入りした年金は“少なくても”約950億、対象者は約25万人というが、国民の関心は高い。

 たった5時間の審議で『年金時効撤廃特別法案』を委員会で強行採択。年金記録の漏れを受給者が申し出ても、漏れた金額を正確にはじき出すのは、まず不可能だろう。

 何十年も前の保険料支払いを証明する領収書なんて持っているわけもないと思われる。長引く不況で勤めていた会社が倒産していればどうにもならない。

 それでも社保庁に古くからの記録が残っていれば何とかなるが、昔の台帳はコンピューター化と同時に破棄された可能性がある。「救済」とは言うものの「証拠なし」でOKとなれば、詐欺まがいが横行してしまうのではないかと危惧してしまう。

 あの方は実態社会を理解しているのか疑問に思ってしまう。
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2007年05月29日

伊達先生(2007年5月29日)

 大変お世話になった仙台藩志会の前会長の伊達篤郎先生が亡くなられた。96才というまさに天寿をまっとうされたとはいえ、誠に残念である。遺影に向かって心からご冥福をお祈り申し上げた。

 伊達先生は、岩出山伊達家にお生まれになり、仙台藩志会の会長として瑞鳳殿の建立に大変尽力された文化人である。

 その面影は、伊達家の中でも最も藩祖伊達政宗公に似ていると言われていた。

 私の国政選挙の折には、高齢を押して第一声にかけつけても頂いた。その折に、こんなお話しを受け賜わった。

“心を攻むるを上と為し、城を攻るを下と為す”

 いくさというものは、敵の心を攻めるのが上策であり、城を攻めるのは下策だそうだ。この言葉の意味は“心の戦を上と為し、兵の戦いを下と為す”と訓む。

 三国志の英雄 諸葛孔明が、南蛮討伐に出向く途中、作戦方針についての意見を求めたときに、参謀の馬謖(ばしょく)が答えた言葉として有名な話である。

 相手を心服させることのほうが、相手を武力で服従させるよりは、よっぽど良いということである。いくさに限らずリーダーシップ全般に通用する真理である。

 朝鮮出征の折にその姿と雰囲気から、さすがは伊達者と豊臣秀吉に言わせた。そんな生粋な伊達イズムをもった伊達篤郎先生であった。色々とご薫陶を頂きありがとうございました。
合掌
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2007年05月28日

松岡農相事件(2007年5月28日)

 午後1時、パソコンをひらいたら松岡利勝農林水産相 自殺という衝撃的なニュースが目に飛び込んできた。戦後、例のない現職閣僚の自殺は前代未聞であり、理由はどうあれ何とも痛ましい悲惨な出来事だ。

 松岡農相は、政治資金事務所費や光熱水費について国会で厳しく追及を受けていた。

 また、所管の緑資源機構の官製談合事件についてもさまざまな指摘を受けていたが、「政治資金の収支は法律に従って適切に処理している。それ以上の説明は、現行制度では予定していない」との答弁を繰り返しされていた。

 その言葉が説明責任を果たしていないとのことから、参議院選を間近に控え、自民党内からも国会終了後に農水相を辞任すべきだとする声も上がっていた。

 理由はともあれ、同じような悲劇が二度と起きないよう政治が今何をすべきかをしっかりと考える時であることは申すべきもない。

 オーストラリアの経済連携協定(EPA)の交渉合意。あるいは日本の農業がこのグローバリゼーションの中で、どう進むべきなのか、本来は農業問題に精通されてた松岡氏の力量が大いに発揮されるべきときであったが心からご冥福をお祈り申し上げる。

 政治資金規正法改正が議論となっている。経常経費支出の公開基準は5万円以上か1万円超か、資金管理団体に限るかすべての政治団体とするか等、『政治とカネ』の問題がうやむやにならないように考えなければならない。
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2007年05月27日

24時間マラソン(2007年5月27日)

 午後9時過ぎ、テレビのスイッチをONにしたら『行列のできる法律相談所』という番組であった。司会の島田伸介氏が『毎年恒例の24時間テレビのマラソンランナーに今年は萩本欽一さんが選ばれました』と紹介していた。66歳のこれまでの最高齢だそうだ。

 欽ちゃん曰く「無様に終わるかもしれないが、しかし、同じ年代の人に、何か勇気を与えられたら・・・・・・・・・・・・・・・・」と話しをされていた。

 おそらく、番組出演に向けて、日々、懸命の努力であろう。年齢もそうだし、運動とはあまりご縁がなさそうなことも言っておられた。人が見てる所で自分の頑張っている姿をパフォーマンス的に見せず、陰ながらひたむきに努力されていることは察しがつく。

 今日、お昼頃にとある町内会のリクレーションに参加をした。その折にホテルの従業員の女性から、「菊地先生!」と声をかけられた。「毎日、坂下交差点を通ってここに勤務しているんです。先生が雨の日も、寒い日も立っている姿にいつも勇気を頂いています。今後も頑張って下さい。」と言われたことを思い出した。

 その言葉に嬉しさとまた、逆に私自身勇気を頂いた。日々、自分自身の行動に満足せず、これでいいのだろうか、これでいいのだろうかと自問しながらひたむきに、その中で皆さんにお声をかけて頂く、私にとっては何よりの心の支えである。

 “見えないところで見られることを期待せず、ひたすら働いている。根はそれぞれに支えられ養われて天にそびえる大樹があり、花が花咲き、実が実を結ぶ”という東井義雄の詩を思い出す。

 以前、欽ちゃんがテレビで「泣かすことは簡単だが、笑わせることは難しい。今の世の中と一緒だ・・・・・・・・・・・・・」と言っていた。確かに今の政治は弱者を泣かすことばかりが多い。そういった政治の打破に向けてひたすらチャレンジしていきたい。
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2007年05月26日

運動会(2007年5月26日)

 『雨降って地固まる』昨日とは、うって変わってさわやかな天気に恵まれた。午前6時30分頃から花火がそっちこっちでなっている。その花火で目が覚めた。

 地元の小学校の運動会に参加する。子供達の徒競走やお遊戯を見ながら昔を思い出す。しかし、お父さんお母さんカメラマンの方が圧倒的に多い。その情景に時代の流れを感じる。

 “身体髪膚(しんたいはっぷ)これを父母に受く、敢て毀傷(きしょう)せざるは孝の始めたり”

 私達の体は、髪一すじ、皮膚の一片にいたるまで父母から頂いたた切なものである。したがってこの身を大事に守り、訳もなく痛めつ傷つけないようにするのが、親孝行の第一歩であるとこの言葉は教えている。健康であることがなにより一番の親孝行であると言うわけである。

 さらに、“身を立て道を行い”名を後世に掲げ、以て父母を顕(あらわ)すは“孝の終わりなり”と続く。孔子の孝道を説いた教典で古くから日本でも重要視されてきた言葉である。
 
 徒競走の子供たちに表彰状を渡しながら、子供達の未来へ向けてこの言葉を思い出した。
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2007年05月25日

年金問題(2007年5月25日)

 社会保険庁改革関連法案の審議をこれまた年金記録問題は決着したとして委員会質疑を打ち切り、社保庁改革関連法案を与党の賛成多数で可決した。

 しかし、これで本当にいいのだろうか?基礎年金番号に統合されていない納付記録が5,000万件もあり、受給漏れの人が多数いる可能性があることが分かった。受給漏れが分かっても時効のために、本来の受給額との差額を5年間分しか受け取れない人がいるとのことである。まさに社保庁の年金管理のずさんさや年金制度そのものの欠陥が原因であることは論をまたない。

 政府は泥縄的な対策として『時効を撤廃する』『年金受給者に記録を送り、本人の確認を求める。』といった対応を示唆したがそれは当然の措置であり、結果として年金の受給漏れを完全になくすことができるのか、極めて心もとないといわざるを得ない。(対象者不明の納付記録がこれほど大量5,000万件もある原因はなぜ起きたのだろうか?)

 国民年金、厚生年金など年金制度ごとに加入者の年金番号が付けられ、転職や退職することによって加入年金が変わることにより、1人で複数の年金番号を本来は持つことになっていた。

 その制度が1997年に、各年金共通の基礎年金番号に改められていた。その結果、複数の年金番号を持つ人については、納付記録を基礎年金番号に統合することになっていた。

 つまり、納付記録の氏名、性別、生年月日の3項目が基礎年金番号の記載と一致すれば同一人物と特定されることになっているはずであるが、その正確な作業を怠ったことが原因であり、社保庁及び国の責任は明白である。

 2010年に社保庁を廃止して、非公務員型の公益法人「日本年金機構」を創設して年金業務を広く民間に委託するとなっているが、組織を一変することでこの問題が解決をしたわけではない。社保庁を解体することは賛成だが、拙速にならずに、原因の所在を徹底して審議するべきである。
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2007年05月24日

仙台市のケアキ問題(2007年5月24日)

 県庁に資料等の調査に行ったら、ニュースが飛び込んできた。仙台市は地下鉄東西線の工事に伴う青葉通りの50本のケアキ移植問題で市民1万人を対象に実施する意識調査の内容を発表した。

 今年の2月の市議会でも議論がされたわけだが、ケアキの取り扱いをめぐる選択肢は「すべてを移植」「すべてを伐採」等、計6つだそうだ。結果は伐採か移植かを決める上での判断材料とするようだが、市民を巻き込んでの論争はいかに?・・・・・・・・・・・・・

 梅原市長(仙台市長)が今年1月「すべてを移植する」と表明。この青葉通りのケアキ移植をめぐっては、多額の移植費用(50本で約1億6000万円)に対して市民や議会から多くの批判が相継ぎ、棚上げとなっていた。

 設問は性別と年齢、居住地など回答者の属性を除き、ケアキの移植の是非をストレートに問うようだ。「すべてを移植する」「基本的には移植であるが、費用を抑えるため数本を伐採する」「費用を考慮し、半分を移植し、半分を伐採する」「基本的には伐採であるが、記念として数本を移植する」「すべてを伐採する」の5つと「その他」から1つ選ぶという方法だ。

 無作為抽出によるいこう調査を行うようだが結果はどうなることやら。
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2007年05月23日

知人の傘寿(2007年5月23日)

 知人の傘寿のお祝い会に出席をした。あいも変わらずの意気軒である。とても80歳にはどう見ても見えない。姿勢もかくしゃくとして、話しもウェットににとび、未だにチャレンジ精神旺盛で学を極めようとされている。

 私も80歳でこれだけ元気でいられるのだろうか、是非、この方に学びたいものだと思いながら“吾が道は一以てこれを貫く”まさにこの先輩の人生そのもののような感じを受けた。

 門弟の會子(そうし)に孔子が語ったとされる言葉である。『私は、終生一貫して変わらぬ道を歩んできた』一貫した道とは“忠恕”(ちゅうじょ)忠とは誠実さ、恕とは思いやりのことである。

 常に変わらぬ人生観や処世態度を持ち続けることは正直難しいが、孔子は、終生一つの人生観を貫き通した。 その一貫した道とは、“己の両親には忠実に、他人の言動には思いやりをもつ”ことである。やさしそうに見えてなかなかできないことであるが、そういう生き方がしたいものだ。
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2007年05月22日

土曜授業復活(2007年5月22日)

 学校の完全週5日制はすでに6年目に入った。社会的にもほぼ定着した。多くの家庭では子供の土曜休みを前提に週末の計画を立てているのが実情だ。これを元に戻すという考えが出てきている。これは、ただ単に土曜授業復活といったことだけではなく、家庭や地域への影響は大きいと言わざるを得ない。

 教育再生会議では公立学校の「完全週5日制」を見直し、土曜日の授業を一部復活させる案が、浮上している。学力の底上げを進める為の具体策として検討に値するが、様々な副作用が予想され、実現するには解決すべき課題も多いと思う。国民的な議論が欠かせないテーマであることは確かである。

 1992年にまず月に1回の土曜日休みで始まった学校の週5日制は、95年から月2回に増え、2002年から完全週休2日制となった。文部科学省は週5日制によって子供たちが家庭や地域で過ごす時間が増え、社会体験や自然体験を充実させられると説明してきた。また、社会的にも企業や官公庁も週休2日制となり、学校の週休2日制も世界的な流れとなっている。

 しかし、問題は「ゆとり教育」の名の下に進められてきた週5日制で授業時間や学習内容が大幅に削られ、学力低下を招いてしまったことである。

 文科省は土曜日に地域で学びの場を提供する『子供プラン』の推進を計ってきたが、むしろ一部では塾が学校の受け皿になっているのも事実であり、十分に機能は果たしていない。「ゆとり教育」「学力低下」この問題解決のため、単純に土曜授業復活などの拙速は避けるべきだし、充分な調査と検証も必要だ。
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2007年05月21日

税源移譲(2007年5月21日)

 所得税と住民税(市県民税)が変わる。平成19年から税源移譲により所得税と住民税の税率が変わることを皆さんご存知でしょうか。

 「地方のことは地方で」という国の方針により、地方分権を積極的に進めていく上で『三位一体改革』が進められています。その実現の柱といえるのが、今回の『税源移譲』です。国の税収を減らし、地方の税収をあげることが目的です。約3兆円の税源が、国から地方へ移譲されることになります。

 「どう変わるのか」税源移譲によって、地方は必要な財源を直接確保できるようになります。これにより、住民はより身近で、より良い行政サービスを受けれるようになります。というのがふれこみだが果たしてどうでしょうか。

 所得税『平成19年1月分から適用』
         →4段階の税率を、6段階に細分化
         (所得税と住民税を合わせた税負担が 変わらないよう再度設計

 住民税『平成19年6月分から適用』
         →3段階の税率から、一律10%に
         (都道府県民税4%・市区町村民税6%)

 ほとんどの方は、一月分から所得税が減り、そのぶん6月から住民税が増えることになります。しかし、税源の移し替えなので、「所得税+住民税」の負担は基本的に変わりません

 また、一方では定率減税が廃止されます。平成11年度から、景気対策のために暫定的な税負担の軽減措置として導入されていた定率減税が、最近の経済状況を鑑みて廃止されます(所得税は平成19年1月分、住民税は平成19年6月分から)。

 平成18年
 所得税:平成18年1月分から
     税額の10%相当額を減額(12.5万円を限度)
 住民税:平成18年6月分から
     税額の7.5%相当額を減額(2万円を限度)
          ↓
 平成19年以降 
 所得税:平成19年1月から廃止
 住民税:平成19年6月から廃止
      
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2007年05月20日

「持たせなくていい」(2007年5月20日)

 朝からさわやかな五月晴れですがすがしい。地域のスポーツ大会に参加をする。青空の下で皆さんと食べるお弁当の味は最高である。「菊地さんおにぎり食べませんか?」「この煮付けはどうですか?」「デザートのバナナは?」と大変ありがたいなぁと感じながら、皆さんの差し入れを頂く。

 お父さんお母さんに連れられてきた小学生の女の子が携帯電話で話しているのを見て、ある雑誌の小学生に携帯電話は必要か?という調査を思い出した。「持たせなくていい」43%、小さい子供が携帯電話をかける光景はもはや珍しくない。

 しかし、日常的に使わせるのは果たしてどうかという問題である。小学生に携帯電話を持たせる事への賛否はある調査によると「持たせないほうがいい」が43.2%で、「持たせたほうがいい」33.2%を上回ったということである。

 その理由は「対人のコミュニケーションがおろそかになる」が最も多かったようだ。ちなみに、「持たせないほうがいい」43.2%、「持たせたほうがいい」33.2%、「どちらでもない」19.7%、「わからない」3.9%だそうだ。果たして皆さんはどう思われるだろうか。
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2007年05月19日

青葉祭り(2007年5月19日)

 今日はせっかくの青葉祭りであるが、午後から厳しい雨をともなった雷雨となった。夏を思わせるような天候となったが、すずめ踊りのすずめ達はこの土砂降りでなんとも可哀想である。

 皆さん、伊達政宗公の命日をご存知でしょうか?今月の24日が政宗公の命日であります。その政宗公の命日に最も近い土、日に政宗公を偲んで行われるようになったのが青葉祭りなんだそうです。私も分かりませんでしたが、再確認させられました。

 伊達政宗公は、「物事、小事より大事は起こるものなり。油断するべからず」を養生訓とし、少しの病でも必ず薬を服用し、養生したと言われております。それだけ政宗公は自分自身の健康には気を配っていたそうです。

 その政宗公が健康に気を使うようになったのは、若い頃から持病があり、腹水がたまって腹がふくれ、死を覚悟することも何度かあったそうです。 そして、寛永13年(1636年)5月24日、江戸桜田の伊達屋敷で70歳の生涯を終えました。

 病死だそうですが、死因は食道噴門がんによるがん性の腹膜炎だったと言われています。そのせいか、食事の後、よくむせていたとも伝えられています。

 死期の近いことを感じた政宗公は、正室の愛した愛姫からの対面の申し入れを避け、嫡男忠宗に対して「将軍への奉公に励み、家臣の繁栄を保つように務めること」と訴え「画像や木像をつくることがあれば、両眼とも健全な顔に作って欲しい」と語っていたそうです。

 そうした政宗公の活躍を世の人々は、彼を畏敬(いけい)の念を込めて「独眼竜」と呼んだわけですが、彼自身は最後まで右目を失ったことを気にしていたようだと伝えられています。 時には地元のそういった歴史との関係も新鮮である。
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2007年05月18日

自治基本条例(2007年5月18日)

 町づくりの基本計画方針、執行機関や議決機関、財政運営、さらに住民との関係を含めた自治体の運営ルールを定め、それを一覧できる、そうした基本法が自治基本条例(仮称)である。これは自治体にとっては一般条例の制度や計画策定の指針となる基本条例である。

 住民の権利・義務や議会・執行機関等の組織運営について基本的な事柄を定める総合条例でもある。他の条例をしばるという意味では『条例の条例』と言えるものである。

 政治主導とは、言い換えれば「住民主導」である。国の顔を見て行政を行う。財政が厳しいから新税(増税)を導入するといった考えではなく、住民の顔を見て行政を行っていく・・・・・・・・・。
当たり前のことと思われるが、これまでの計画的な行政運営は決してそうなっていない。

 我が宮城県でも、トップが“美しい国”のフリーズを国との連動して、といった形でよく使う。私にとっては何が美しいのか意味が分からないのだが、つまりそういったことからも、国の下請け的な考えが抜けていない。

 分権時代はそれこそ、県民との契約(マニュフェスト)で今までの計画行政からのパラダイム転換が迫っていることを認識しなければならないのではないでしょうか。政治主導で自治体運営をしていくということは、包丁一本で見事に料理していくようなプロ徹していくことが大事である。そのためには自治体の基本的な取り決めをするために基本条例を定めていくべきだと思っている
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2007年05月17日

知らざるを知らざると為せ(2007年5月17日)

 朝からうっとしい雨が降っている。憂鬱な日だと思いながら新聞に目を通すと7月の参議院選挙の候補者、Jリーガー、タレント、野球選手、テレビアナウンサー、全て「名前ありき」である。

 政治家として、あるいはどのような政治を行うのかではなくて何より知名度である。何よりも果たして私達は、国民の選択はこれで良いのだろうか?疑問をもたざるを得ない。

 そんな折、先輩である、市内で不動産関連の経営をしている会社へお伺いした。「自分を知っている事は知っているし、知らないことは知らないと認めることが必要だ」という話しとのこと。

 現代社会において、よく知ったかぶりをする人間が多いというのである。謙虚に知らないことは知らないと認める態度が、本当に知っているということになるとの話し。

 “知らざるを知らざると為せ”
 孔子が門弟の子路に教えた言葉である。

 “之を知るを之を知ると為し”知らざるを知らざると為せ。是れ知るなりと訳すそうだ。自分の知っていること「知っているよ」というのはやさしいが、知らないことを知ったかぶりをする人が案外多い。知らないからといって恥ずかしいわけではない。知ったかぶりをするほうが、よほど恥ずべきなのであるが、自分自身を振り返ると、そんな節があると反省してしまった。皆さんも思い当たる節があるのではないだろうか。
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2007年05月16日

人学ばざれば道知らず(2007年5月16日)

 本日も午前10時より臨時議会が招集された。昨日に引き続き開会後、直ちに常任委員会の所属を決め、正副常任委員長を互選するため委員会が開かれた。また監査委員も議会より2名選出し、閉会となった。

 “玉琢かざれば器を成らず”

 玉も磨かなければ、美しくりっぱな器にはならない。それと同じように、人も学ばなければ、ものごとの道理を知ることはできない。漢詩では、

 “玉不琢不成器
  人不学不知道”

 あとの句は、“人学ばざれば道知らず”と訓むそうだ。

 生まれつきや素質は、人によって多少は違う。ことに運動神経や手先の仕事は先天的に素質がものをいう。だが、努力し鍛錬しなければ、心願成就・なかなか花が開かずの場合もある。

 結局は、宝のもちぐされとなってしまう。とくに学問の道や政治の道もそうであるが、後天的な努力が勝負を決したり、成敗が決定することが多い。そんなことがないよう議会活動も日々鍛練と努力が必要だ。
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2007年05月15日

正副議長(2007年5月15日)

 午前10時より臨時議会が召集された。県議会最年長者である小林正一氏(自民・名取市)が臨時議長として議事の進行をする。

 知事のあいさつ後、早速、議長選挙が行われた。選出方法は単記無記名による投票である。議場閉鎖の後、開票立会人には小野隆氏(自民・仙台泉区)。熊谷義彦氏(利府・栗原市)の2名を選出する。有効投票数は61票(議員は61人)。

 その結果、高橋長偉氏(自民・本吉郡)42票。横田有史氏2票。白票が16票であった。また、高橋偉という票があったが、無効になった。よって新県議会議長には高橋長偉氏と決定した。私は議会の馴れ合い打破からも白票を投じさせていただいた。

 引き続き、副議長の選挙が新議長の下で行われた。投票の結果、千葉達氏(自民・若林区)43票、坂下康子氏(改革みやぎ・宮城野区)18票。千葉達氏(4期)の副議長が決定した。私自身は議会の常道から第1会派から議長、第2会派から副議長という考えから今回は坂下康子氏(5期)へ投票させていただいた。

 何よりも忘れてならないのは、数の力で議会改革を遅れさせるような事があってはならないし、政策立案や監視機能が薄れないよう気を引き締めていかなければならない。

 そのことが県民の負託に応えることになるのではないだろうか。尚、私はこのたび議会運営委員会と総務企画常任委員会に所属することになった。
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2007年05月14日

憲法改正(2007年5月14日)

 国民投票法案が参議院で可決された。憲法改正の為の国民投票は憲法96条で定めれているが、実施に関する法律がないことからの今回の法案となったようだが、しかし、どれほど国民が憲法改正を望んでいるのだろうか。

 新聞を見ると12、13面に実施された全国電話世論調査で集団的自衛権行使は憲法で禁じられているとの政府の従来解釈に関連し『今のままでよい』が62%。『憲法改正し、行使できるよううにすべきだ』は19.1%。『憲法解釈を変更し、行使できるようにすべきだ』が13.3%と『今のままでよい』が前回の調査より7.4%ポイント上回り、『するべきだ』が5.0%ポイント減、『するべきだ』がほぼ横ばいとの結果が発表された。

 各種の世論調査からも、今すぐ憲法改正だという調査結果は出ていない。緊急課題だとはとうてい思われない。政治は、この問題に充分説明責任を果たしていくべきだと思う。

 施行は3年後の2010年である2011年には憲法改正の是非を問う国民投票が行われる訳だが、果たしてそのときの政治状況はどうなっているのだろうか。

 改めて、7月の参議院選挙は、今後の日本の針路を占う上で大きな意味を持つ選挙であると思われる。選挙で結果を出すしかない。それが民主主義の基本ルールである。

 明日の臨時議会の為の第3回世話人会が開催され、明日午前10時から開会され、正副議長の投票、議会運営委員会の正副議長の互選であることを確認した。
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2007年05月13日

ジョギング(2007年5月13日)

 朝、早起きをし、久しぶりに距離を延ばし、45号線の福田町の梅田川橋周辺までジョギングをした。川岸には菜の花が咲き乱れ、雉の雄が「ケーン」「ケーン」と鳴く、またオオヨシキリの「ジョジョチー、ジョジョチー」という声がかまびすしい。 大空では「ピーチク パーチク」とひばりのさえずり、川には50〜60cmもあるウグイが溯上しはじめた。初夏の風が頬にすがすがしい。

 日中、福祉関係の各総会に出席をする。しかし、『仙台ハーフマラソン』の為、市内で交通規制がなされ、開会時間に遅れてしまう。その会合の中で以上のことを申し上げてきた。

 「国の方針により、東北厚生年金病院や社会保険病院(台原)、宮城社会保険病院(袋原)が郵政民営化の合理化、効率化に伴い、廃院されるような事があってはならない。また医療制度改革によって医師や拠点病院による診療までもが地域によって格差が広がっている。生活者の人間の視点に立った行動していきたい」というようなことを申し上げてきた。

 医療負担など生活の負担が増す中で、様々な諸課題を抱えている。政治の重要性を改めて思い知らされた。
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2007年05月12日

“人を以て 人を治む”(2007年5月12日)

 わが母校の新田小学校の運動会に出席をする。小鶴新田駅の周辺が整備され、児童数が急増している。その上、校庭にはプレハブ教室増設されている為、児童数で校庭が溢れんばかりである。

 他では、少子化に伴い校庭だけは広く感じるのに、ここだけは高度経済成長時代(昭和30年後半から昭和40年代中頃)のようだ。

 地元の大先輩からこんな言葉を頂いた。

 “人を以て 人を治む”

 人間の道を以て人間を治めるということである。これは孔子の言った言葉だそうだが、孔子がこう言ったのは人を治めようとする時は、あれも人の子、それも人の子と、わが身にひきくらべて思いやりを持つことがもっとも大事であり。それこそが政治の要諦だと考えたからだそうだ。

 評判のよいトップ(政治家)は、常に相手も自分も同じ人間だと思い考える。だから、叱るにしても思いやりがあり部下が良くなつくのだと。相手の人間性を尊重することが大事なのだと。
 う〜ん、なるほどなぁ。その言葉に勉強させられた。
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