2007年03月09日

今どきの雇用環境


 朝から6か月ぶりの健康診断。血圧、心電図、体重、身長、ほとんど変わりなく正常値であった。胃と血液検査の結果は、後日にということであるが11時から総務企画委員会で予算外議案の審査があり、母校(中学校)の卒業式には代理出席となった。残念。

 ある勝ち組と言われる電機メーカーの子会社の方とお会い、話を伺った。
 
 その会社はメーカー100%の子会社で歴代役員はすべてメーカー(親会社)から天下り。利益の80%は配当という形でメーカーに“上納”されるという。つまり、社員には、ほとんど富の分配がされないということである。2001年、今から6年前に成果主義の賃金体系がその会社に導入されたが、逆に年収は10%減となったそうだ。この会社には労働組合はなく、メーカー側から圧力をかけて、労働組合結成の機運を芽のうちに摘まれてしまうそうで、「労組があれば、形だけでも労使が対等な立場で話ができる。我々にはそのチャンスすらない」とのこと。企業の業績好調に沸くメーカー側の親会社に伝わることはないとのこと。この辺が実体社会と景気好況の差なのではないか。まさにこれこそが格差社会を生んでいる原因と感じた。
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2007年03月08日

民間から主導


 環境問題が深刻さを増す中で、議会でも最近よく耳にする言葉で「環境と経済が両立する社会」というのがある。

 しかしこれは、正直想像以上に厳しい世界である。化石燃料が無い江戸時代には太陽エネルギーで養える範囲を超えた人間は、否応無しに間引きされました。だから当時の人はその制約の中で生きていくために知恵を絞ったわけであります。例えば稲作ではわらが沢山できる品種を選び抜いて栽培したりしてました。また、家の断熱材やわらじの材料になるからです。現代も状況は同じですが、企業には環境という厳しい制約条件を逆に武器として新しい市場を開拓していく力が問われ始めました。

 30年前は複写機市場はゼロっクスの独壇場でした。ところが当時はコピー紙が触れる感光ドラムに有害な重金属が使われていたために、健康を懸命する声が上がって回収することになった。

 そこに目を付けたのがキャノンである。

 これからは現場の声を現実的な提言にすることが大事なことをこの例は示しているのではないだろうか。
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2007年03月07日

勇気と決断(2007年3月7日)

 【人生の大嵐がやってきたとき、それがへっちゃらで乗り越えられるような大きな勇気もほしいが、私は小さな勇気こそほしい。どんな困難も乗りきれる大きい勇気もほしいにはほしいが、毎日小出しに使える小さな勇気でいいから、それが私にはたくさんほしい。それに、そういう小さな勇気を軽蔑していては、いざというとき大きな勇気もつかめないのではないだろうか。】

 この詩は東井義雄氏の長い長い詩だそうだ。好きな文章を抜き取ったのでと支援者の方が教えてくださった。 とかく人は「大きな勇気があったらなぁ」「あの時、勇気があったなら」「俺は勇気があるから勝負したんだ」等など口にしますが、みんな生きてることこそ勇気だと思いませんか?

 明日、何が起きるかわからないけど明日に向かって生きていく。これこそが勇気そのものだ。

 勇気とはイコール思いやりともとれる。笑顔を絶やすことなく、人にやさしく接すれば、それは必ず自分に返ってくる。相手は自分の写し鏡と思い自分がされてうれしいこと、自分がされて嫌な事を鏡を通して一期一会の気持ちを肝に命じ、取り組んでいかなければならない。

 もうひとつ勇気と言えば、私たち政治家の中にはどっちつかずの発言をされる方もおられる。 私はたとえ一人になったとしてもどっちつかずの発言はせず、自分の思った志、信じた志をブレることなく、発言していきたい。例え反感をかうことがあっても・・・・・・・自分の言葉に責任を持って、小さな小さな引き出しかもしれないが、そこから勇気を取りだし明日へ向かって頑張ろうと思っている。
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2007年03月06日

つくし(2007年3月6日)

 そろそろ芽を出しませんこと?
 まだ早過ぎはしませんかしら
 いいえもう啓蟄で虫だって穴からはい出すんですもの

 春の土   新川和江さんの詩より

 今日は、朝からぽかぽかな感じがする。街頭からの挨拶を終え、梅田川の堤防にはつくしが芽を出し、西欧タンポポがひっそりと咲いている。知らず知らずのうちに季節が移ろいでいる。
 
 “ことしげき世の習ひこそ 物憂けれ花の散りなん春も知られず”

 鎌倉幕府第3代執権、北条泰時の歌である。解釈は、やらねばいけないことが多くて忙しすぎるこの世の習わしは本当につらい!桜の花の散った春にも気づかずにいたぐらいに・・・・・・・。

 泰時は江戸時代の武家諸法度の基となった御成敗式目をつくり、執権政治の確立に努めたことで有名、若い時から民のために力をつくした人でもあった。

 泰時までとはい言わないが、泰時のような忙しくても市民のための政治をしていきたいと、にょきにょきと顔を出したつくしのように厳しい冬を乗り越え、来月は本当の春を支援者の皆さんと迎えられるように。


 
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2007年03月05日

県民意識(2007年3月5日)

 “東京プロデュースする2007”の小島政男、服部泉両副代表が仙台にこられた。お二人は、浅野史郎さんを支援される、東京の勝手連の方々である。浅野さんの宮城県知事時代の実績を聴きにこられたわけだが、政治には得手、不得手があるように、それぞれの利害が絡むので、傍観者は賛否両論である。そうしたことを一喜一憂せずに頑張って頂きたいと申し上げた。しかし感じることは、東京の方々は非常に熱心であるということである。先月25日「浅野史郎さんのハートに火をつける会」に伺った時も、報道陣が多数詰めかけていたが、報道陣が居ようが居まいがおかまいなしに自分達の主張をされる。『マニュフェストにあった候補者を選ぶのが本当のマニュフェスト選挙だ』とは、勝手連の方々の言葉。なるほどと思わされるが、意識が高い。さすが首都東京なのだろうか。
 しかし、宮城のトップは度量が狭い。生まれも育ちも宮城県出身でないせいか、選挙で敵として戦ったこともあるのだろうが、トップとしてもう少し度量を広く持つことが必要ではないだろうか。
 宮城県人であれば、東京都民に招請され出馬となれば、『頑張って下さい』の一言ぐらいは言うべきだと思う。そこがやはり他県出身者なのであろう。政党よりも私は郷土意識で応援したい。自分の選挙で駆けつけることができないが、ともに当選をしたいものだ。
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2007年03月04日

労働力(2007年3月4日)

 770万人もの団塊の世代が現役を引退し、総人口も減り始めた本年。今年をピークに国内での人手不足も深刻化することになる。

 厚生労働省の雇用政策研究会が2005年7月に発表した推計では国が新たな対策を講じないかぎり、2015年までの10年間でわが国の労働力人口は約410万人も減少すると言われている。

 その報告を見るかぎり、高齢者や女性の再雇用などの対策が提言されているが、それだけでは将来の労働力不足は補えない。

 労働過重や年金の負担増などで高齢化のしわ寄せを受けた若い世代が日本車機に見切りをつけて海外に飛び出していく可能性もある。

 そうした人材の空洞化が今福祉の世界で広がっている。特にヘルパーの人材が不足している。今日、伺った特別養護老人ホームでは、入所が100床なのにお世話する人手が足りなくて、60床しか可動していない。一方では入所に退所なのに・・・。

 ヨーロッパを見てもそろそろ外国人労働力の受け入れが現実をおびつつあることを感じた。
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2007年03月03日

市民意識(2007年3月3日)

 全国で生活保護世帯は102万人といわれる。ちなみに、月平均の生活保護費は158,000円である。一方、宮城の最低賃金は一時間当たり628円である。1日8時間だとすると5,024円となる。それを月22日間働いたとすると110,528円となる。

 生活保護費より(158,000円⇒110,528円)47,472円少ないということになる。これが日常生活の実態である。格差は益々広がる状況である。本当に景気が良いのだろうか?

 従来の「お任せ民主主義」「観客民主主義」では皆さんダメなんです。自己決定・自己責任は究極的には市民自身に求められる。

 地域社会は他人事ではないんです。市民が参画と協働の責務をどう果たしていくのか。

 ガバナンス(協治)時代にふさわしい主体的行動が市民に求められるのです。参画民主主義の時代です(ちょっとカッコ良すぎるけど)。市民自身が決めることが望ましい。そのことが自治体や地方政治を変えていくことになるのだと思います。
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2007年03月02日

都知事選(2007年3月2日)

 石原慎太郎知事は、2日の定期会見で都知事選出馬をめぐり浅野史郎さんについて感想を問われ『宮城県知事時代は3期12年でだいぶ県の借金が増えてるね。その間の財務がどうなったか』などと語っておられたが、(浅野時代7,000憶⇒1兆3,000億、現在の知事は1兆3,000億⇒1兆7,000憶)石原知事の発言を聞いて思うのだが、石原知事は宮城県議会の実態を良くわかっていないのではないでしょうか。

 宮城県議会は圧倒的に自民党議員が多いのです。予算は県会議員の協力なくしては作れないのです。宮城県議会の会派構成を良く知っていれば、このような発言にはならないのでは。「堂々と政策論争をしたい」と言いながら重箱の隅をつつく様な話をするのは石原さんらしくないと思います。

 そういったことを言う県会議員も自分たちで、予算を通しておきながら他人事のようなことを言うことは、無責任きわまりない。本来予算を通したと言うことは、政治家としてしっかりと責任を果たしていかなければならない。それが政治家の努めであると思うが皆さんはどうでしょうか。

 いずれも石原VS浅野で自分の考えに基づいて信念をしっかり訴えてほしい。私も頑張っていきたい。
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2007年03月01日

予算特別委員会(2007年3月1日)

 今日3月1日は、高校の卒業式である。しかし、予算特別委員会が午前10時から開会されるので、ご案内を頂いたがすべて代理出席になってしまった。

 代理で行ってもらった事務所のスタッフからは、育英学園の女子生徒の答辞が感動的でした。つい目がしらを押さえてしまったとのこと。一方男子校はたんたんと進行し感動とまではいかなかったとのこと。いずれにしろ別れと出会いの3月である。

 18年前の自分自身の卒業式を思い出していたが、明日は予算特別委員会で25分だけの質疑がある思い出にひたっているわけにはいかない。しかし、明日は忙しさにかまけて、ぶっつけ本番になりそうだ。しかし、内容だけは頭の中で整理しなければならない。

 『宮城県の財政状況は地方交付税の削減等の歳入減。義務的経費の増加による歳出増により、今後4年間の歳入不足が2,267憶円にも上がるとの財務課の誠算が示され、平成19年度予算は超緊縮的な内容となっている。

 宮城の長期的な持続可能性を目的に、厳しい財政状況下にあっても「宮城の将来ビジョン」の初年度に当たる予算であることから、限られた財源を効率的、重点的に配分するものであります。

 しかし、宮城においては企業会計も含め、本県の借金である県債残高は1.4兆円にもなり、公社や外かく団体のかくれ借金を含めるとなんと1.7兆円もふくれ上がっている、トップに期待されるのは県民受けする新規施策の展開だけではなく、自治体が倒産しないよう施策の見直し、歳出削減の徹底、借金の返済能力である。そこで平成19年当初予算編成にあたっての所見を伺う』

 そんな内容のやり取りをやる予定である。
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