2006年12月31日

先優後楽(2006年12月31日)

 思い起こせば平成7年の4月に県議会議員として当選させて頂いた。その時に、初代の連合後援会長であった清野幸雄氏から頂いた言葉である。 天下の憂いに先だちて憂え、天下の楽しみに後れて楽しむという意味である。

 心配のタネとなるようなことがあれば世の中の誰も気がつかないうちに心配し、楽しむべきことがあればまず世の中の人々が楽しんでから楽しむ。つまり、個人的な問題よりもまず天下国家や国民のことを優先して考える、という気配りを示せという教訓である。そこに、先優後楽の思想がある。東京ドームで有名な球場、後楽園はここから取った地名である。

 范仲淹(はんちゅうえん)は、北栄時代の政治家兼学者で字を希文といった。 辺境守備司令官の時、侵略してきた西夏王の季元昊(りげんこう)を撃退して功労を立てた。その『岳陽桜記』に記載されている。

 大晦日の今夜、明日の朝にはまた一つ年を重ねる。除夜の鐘を聞きつつこの言葉を噛み締めたい。


 
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2006年12月30日

ゆっくりできない師走かな(2006年12月30日)

 峠のトンネルを抜けると、そこは一面の銀世界! まさにその通り、奥羽山脈(笹谷峠)を越えると宮城山形でこれほど違うのかと思うほど冬の東北は地域によって天候が異なる。

 母親のふるさと山形に年末の挨拶に来たが、昨日からの雪で20〜30cmほどの積雪である。道路もすでに圧雪になっている。

 夏暑く、冬は雪国のこの地域は、そうであっても山形県人は逞しい。観光立県でもあり、工場誘致も業績でも上げている。 人口は120万人。県民総生産でも宮城の半分しかないが、しかし、現金給与額は約10.000円ほど高い。この山形県人のパワーはどこにあるのだろうか?(そう言えば他県の人に蔵王を知っていますかと問うと「あぁ〜、山形蔵王ね」と帰ってくる)

 夜には雪は上がった。親戚の紹介で近くの温泉に。 満天の星空を眺めながらの露天風呂は最高である。冬景色も重なり英気を養うことができた。温泉もたまには良いものだ。しかし、やっぱりゆっくりはできない。そこが師走といわれる所以でしょうか?
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2006年12月29日

進歩(2006年12月29日)

 世の中のことは全て先に進まなければ後退するものである。一点に静止する道理はない。

 天下の事、進まざれば則(すなわち)退く漢詩では『天下之事、不進則退、無一定之理』と書く。つまり、最後の言葉は、一定の理無しと読む。

 もともと易≠フ言葉だと言われている。西欧ではマルキシズムという弁証法的な唯物論は物事を固定的な観念でとらえず、進歩し発展する目でとらえるように心がけせよ!という哲学観でこの漢詩と一脈相通ずるような感じも受ける、東洋も西洋も一緒である。

 確かにいっさいの物事は一点に固定することはありえない。政治には進歩か後退しかありえない。
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2006年12月28日

大掃除(2006年12月28日)

 事務所全員と女性の後援者が午前10時に6人集合していただいた!
 
 それでは、1年間の感謝を込めて大掃除を開始。狭い事務所であるが整理をするのは大変だ。「甲太郎、応接セットのジュータンは新しいのに換えよう。小山所長、机の上のものはダンボールへ!」 野口さんは「掃除の洗剤買ってきます。」貢ちゃん、「私は何をすれば〜・・・・・・・・・」 そんな会話の中で一年間の煤払い。

 年末の大掃除は大変だ。結局、夕方遅くまでかかってしまった。美しくなった事務所で全員でお茶をすすりながら『ホット』一息。
 「明日からまた宜しくお願いします」と事務所に感謝。

 あらためて「今」を感謝したい。
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2006年12月27日

可能性(2006年12月27日)

 教育問題ほど厄介なものはない。様々な角度から議論がなされる。だからこそ百年の大計である£Nもが重要なテーマだと認識している。その半面、教育改革に対する様々な意見を見ると、自分の価値観を子供たちに押し付けようとする主張がとても多いような感じがする。

 教育タウンミーティングのやらせとサクラの横行が発覚した時「あ〜ぁ、やっぱり! ほとんどそうだよ」とは巷の声。

 そんな中で化学の実験を通じて課題解決力を養うという、ベネッセコウポレーションの「サイエンス教室」の特集を拝見した。
 小学校の低学年の生徒達が2時間の授業に集中して取り組む姿に驚いた。

 その様子を見ていると日本の教育が今後目指すべき方向の一つが示されているような感じがする。
本当に受けさせたい教育を子供に与えるにはお金がかかりすぎるという現実に割り切れない思いもある。しかし、民間が担う公的教育サービス≠ェ指定管理者制度や市場化テスト法などの施行で可能性がでてきた。
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2006年12月26日

今日学ばなくて明日ない(2006年12月26日)

 謂(い)う勿(なか)れ、今日学ばずして来日ありと
年の瀬もいよいよカウントダウンに入った。一年を振り返りながら、反省、はんせい・・・・・・・・・・・。である。

 中国の南栄時代の大儒学者で朱熹(しゅき)という人がいる、別名朱子(しゅし)ともいわれ朱子学の祖である。その朱熹の『近思録』『朱子語類』等の名著の中に今日学ばなくても明日があると思ってはいけないという文章がある。

 その日、その日を怠ってはいけないということである。心持としては常にそう心がけしているつもりであるが、なかなかそういかないのが人である。今年できなくても来年があるさと、今日この頃になるとそう思ってしまう。

 だいぶ前に流行った歌に東京がダメなら名古屋があるさ≠ニいうのがあったと思う。俗事はそれでもいいが、学問や仕事はそういかない。一時一刻を無駄にしないことが大事であることに違いない。
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2006年12月25日

西施(せいし)(2006年12月25日)

 『西施(せいし)』中国の4大美女[西施(せいし) 貂嬋(ちょうせん) 王昭君 楊貴妃‐の一人。

 中国の春秋戦国の時代、越王勾践と呉王夫差の争いの際に越王勾践の参謀の戦略により呉王夫差の女となる。その結果夫差は骨抜きになり、呉国は弱体化し、ついに越に滅ぼされることになった。

 松尾芭蕉が『奥の細道』で象形や雨に西施がねふの花≠ニ詠んだのは有名な話である。楚腰繊細にして掌中に軽し≠ニは西施の姿を表わした言葉としても有名な言葉である。私の理想の女性である。

 この西施には胸が痛む持病があったという。 ある日、その発作が起きた。彼女が胸元を押さえ眉間にしわを寄せた姿にはなんともなまめかしく、か弱い女性の美しさがにじみ出ていたという。彼女が里から歩いてくるその様子に、里の人達は全員が釘付けになった。

 ある里に一人の醜い女がいた。この西施の胸元を押さえ、眉をひそめた様子に沢山の人が釘付けになっているのを見た女は西施のまねをして、胸元を押さえ、眉をひそめて村を行ったりきたりした。

 この醜い女が大げさにふるまうと、ただでさえ醜い顔がもっとひどくなった。そのため、この女の奇怪な様子を見ると里の人々はすぐに戸を閉めるようになった。

 このことが『顰に倣う(ひそみにならう)』、むやみに人の真似をするのは愚かなことと言う故事になったと言われている。『顰に倣う』ような政治ではなく、菊地文博ならではの政治理念、政治活動をしていきたい。
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2006年12月24日

サイレントナイト(2006年12月24日)

 今日はX’masイブ。ホワイトクリスマスになるのか朝からどんよりとした曇り空である。 1人で過ごす人、家族で過ごす人、恋人とそれぞれに色々な思いで楽しく過ごされる方も多いことだと思う。

 事務所には寂しく過ごす3人が集まった。私を含めX’masイブには関係なさそうだ。ふと、山下達郎の『クリスマスイブ』が頭をよぎる

 雨は夜更け過ぎに雪へと変わるだろう
  Silent Night, Holy Night
  きっと君は来ない1人きりのクリスマスイブ
  Silent Night, Holy Night
  心深く 秘めた想い叶えられそうもない
  必ず今夜なら言えそうな気がした
  Silent Night, Holy Night
  まだ消え残る 君への想い夜へと降り続く
  街角にはクリスマス・ツリー 銀色のきらめき
  Silent Night, Holy Night

 この歌を聴くとX’masを感じる。しかし、あらためて歌を聴くとかなり寂しい詩であることに気づく。皆さんはどんなX’masイブを楽しんだのでしょうか?
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2006年12月23日

手紙(2006年12月23日)

 私達議員は、お年賀を出すことは禁止されている(年賀状を出すことは、公職選挙法違反になる)。そこで私の年頭にあたっての所信をレポートにして出させて頂いている。

 しかし、書きたいことは山ほどあるが書面には限りがある。その所信を書きながら復(ま)た恐る 匆々にして説いて尽くさざらんことを≠ニいう中国の張籍(ちょうせき)という人の『秋思』という詩を思い出した。慌ただしく書いたレポートなので言い足りないことが無いのか少し気になった。

 この詩は洛陽城裏 秋風を見る / 家書を作らんと欲して 意万重/〜/行人 発に臨んで又封を開く≠ニ読む。

 書き足りないなぁ、思いが伝わるだろうか、と投函まぎわにもう一度読み返して見たりする。知人や家の人に手紙を出す旅人の気持ちをよく描いている詩として有名だ。

 まったくその通りである。皆さんも年賀状を書きながらそんな思いをしているのでは無いでしょうか?
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2006年12月22日

体に良いもの(2006年12月22日)

 朝からお腹の調子が悪い。ノロウィルスかと不安にかられる。そういえばこのところ不規則な食生活になっている。忘年会やX’mas Party等。その上風邪まで流行っている、食生活に注意しなければならない。

 日本は古くから「武士は食ねど高楊子」と言って見栄を張る風潮がある。『食を語ることははしたない』などと言って、とかく食べることをないがしろにしてきた。

 食育が円滑に普及していない、あるいはしていないようだとは、その大きな原因は食の歴史にあるといわれている。「食育基本法なる法律まで施行されているのにねぇ〜」とは食に関係する有意識者の声。

 仏教の伝来により675年に発令された天武天皇の肉食禁止令≠笂ソ川幕府が行った国策質素倹約主義∞鎖国≠ネどが影響していると思われている。

 一方中国では医食同源思想の発祥地、日本とは正反対の考えを持っている。中国には老子(前6世紀頃)を祖とする不老長生をモットーとする考えがある。このような環境にあったためか「人の食欲と色欲は人間の本性である」としている。

 中国人はこのような歴史観から誰もが食に対して貪欲であり、それも美味しく体に良いものでなければ摂らないという考え方のようだ。私たちも大いに参考にしなければならない。
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2006年12月21日

無何有(むかゆう)(2006年12月21日)

 無何有(むかゆう)何も無いこと無為であることの意味。荘子の好んだ言葉である。荘子の説話に胡蝶の夢というものがある。

 「荘周が夢を見て蝶になり蝶と楽しんでいるその時、夢が覚めると荘周が夢を見て蝶になったのか、蝶が夢を見て荘周になったのか。どちらもわからぬが、どちらでもかまわない」無為自然の考えが表現されている。

 どちらもわからぬ事に人間は疑いもするし相手の裏を見てしまう。物事を純粋に見ることが簡単なことなのに難しい。そして、自分を都合よく守ってしまう。

 『手紙』という映画がある。差別をテーマに描かれている内容である。
 ある日主人公が「差別のないところに行きたい」と上司に訴えたところ、上司は「差別のないところは無い!だからここで生きてほしい」と説得する場面。
 
 差別とまでとは言わないが、とかく人は『自分の心のものさし』で人を判断してしまう。大人社会も子供社会も共通ではないだろうか。
 『正しい反論』をしたとしても、あの人は変わっているからと含み笑いされたりもする。しかし、ただ一言『正しい道ほど険しい』である。
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2006年12月20日

オリオン座(2006年12月20日)

 星空のきれいな日が続いている。南東にはオリオン座が輝く。天も地も目には見えないけれど刻々と動いている。天体の運行は健やかで、一刻も休むことが無い。歴史上の君子もそれにのっとり努力して止むことのないようにせねばならないと教え伝えられてきた。

 自彊(じきょう)とは自ら努力すること。私たち政治家は常に自彊を忘れてはならない。引き締めていかなければならない。

 『天行建なり、君子以って自彊して息(や)まず』 天体の運行とは言葉をかえて言えば時間の推移である。時間は止まることがなく、常に動いている。ところが、人の生涯は限りあるもので、悠久な時間の推移に比べるとごくわずかな間にすぎない。
  
 人として生まれてきたからには、何かを残したいと誰しも思う。そのためには、自彊が大事であるという意味である。この言葉を胸に日々努力していきたい。
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2006年12月19日

236万人の決断(2006年12月19日)

 宮城野区の病院職員の男性(52)は「医師が足りない。満足な医療体制が提供できておらず、とにかく県北地区の医師不足解消に県は全力を尽くしてほしい」と語る。県北、県南、沿岸部地域では医師、看護師不足が特に深刻化している。

 仙台市内で介護サービスの仕事をしている女性(58)は「保険料が高くて家族が負担しきれないケースが出てきている。高齢者の自己負担もかぶさり、サービスが限られてしまう人が目立つ」と介護保険制度の見直しを訴えておられた。

 大崎市の農家の男性(61)は後継者難が最大の悩みだ。「日本の農家は大規模化が進んできているがこの辺りの中山間地域は耕地面積が狭い、土地にあった農業政策を考え経営を安定させないと次の担い手は現れない。現場を理解し実効性のある政策打ち出してほしい」

 戦後最長の好景気と言われているが、しかし、原町周辺のそば店を経営する男性(55)は「客足はちっとも伸びない。偏った産業政策ではないべが、街全体に活気が無い」と訴える。

 議員は誰でも教育環境の話しをするが、青葉区の主婦(39)は「ゆとり教育のひずみで学力低下が進んでいる。子供が公立の中高に通っているので基礎学力アップのために月何回か特別授業を開いてほしい。」との要望。

 「県議がどんな仕事をしているのか分からない。もっと議会で政策を提言するなど県民にも分かりやすい政治をしてほしい」との注文も多数ある。

 来春には統一地方選挙がある。自分なりの自己主張を貫いていきたい。
 今日は挨拶回りをしながらそんな決意をした。
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2006年12月18日

苛政(かせい)は虎より猛し(2006年12月18日)

 『重税を課して、民を苦しめるひどい政治は虎よりも恐ろしい』という意味である。

 孔子があるとき道端で泣き崩れている老夫婦を見て、その訳を聞いてみた。するとその老女は、この地方には恐ろしい『人喰虎』がおり、今までに舅とつれあいが喰い殺され、今また息子が殺されたのが悲しくて泣いているのだと答えた。

 孔子がそんな土地をなぜ去らないのかと重ねて尋ねてみると、老女はそこにはむごい政治が無いからと答えたという。これを聞いて孔子が嘆息して言ったのが『苛政は虎より猛し』という言葉だった。

 税収増で基本的財政収支(プライマリーバランス)が回復したとか。日銀は年明け早々にも利上げを検討等、新聞紙面には景気よい言葉が踊っている。しかし、年末のご挨拶に歩いてみると、ボーナスは出なかった! 中小企業は厳しいですよ。初老の方々からは『年金は減らされるし、負担は増すし・・・・・』
 これが庶民の本当の声に私は聞こえる。
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2006年12月17日

邯鄲(かんたん)の夢(2006年12月17日)

 しばらくぶりに小学生に戻って友達と遊んでいる夢を見た。体が俊敏である!コンクリート壁の上を走ったり芝の上を匍匐前進(ほふくぜんしん)したりと妙に目覚めが楽しかった。夢を見たのも本当にしばらくぶりのような感じがする。

 中国の故事によれば邯鄲(かんたん)の夢≠フ話しがある。『人間一生の栄枯盛衰は、一場の夢にしかすぎない』という意味である。

 唐の時代「開元元年」、盧生(ろせい)という学生が『邯鄲』の町で一夜の宿をとった。その宿で道士呂翁(どうしりょうこう)の枕を借りて眠りについた。ものすごい金持ちになって一生の栄華を誇ったが夢であった。目覚めたらもとの木阿弥の貧乏学生に戻っていた。

 この夢の時間はわずかに宿の女中が黄梁(こうりょう)※粟≠フ飯を炊く短い時間だったという話しである。

 この物語は人生のむなしさや浮世のはかないことの例えにもなっている。あの豊臣秀吉も辞世の句としてつゆと落ち つゆと消えにし我が身かな 浪速のことも夢のまた夢と歌を残している。しかし夢を語れるような政治家でいたい。
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2006年12月16日

脱、おまかせ民主主義(2006年12月16日)

 午前10時に苦竹駅に待望のエレベーターが完成。その開所式の式典に参加。夕方から杜の都政治スクールで浅野史郎慶應大学教授と、脱おまかせ民主主義≠ノついて県民会館6Fにて200人の参加者の前でトーク。相変わらずの浅野節を聞いて、衰えるどころかますます意気軒昂であることを再認識させられた。

 知事職を辞しても、まだまだ現役中、国政転出!?そうではなく将来の政治を担うであろう学生達に、伝授しているとのこと。しばらくぶりで議場以外での討論をさせて頂いた。勉強になる。

 当時の知事浅野史郎氏を議会でやり込めてやろうと必死になって頑張った。ある意味では浅野史郎氏に鍛えられたと言っても過言ではない。今、議会で威風堂々と質疑できる自分があるのもまさに、浅野史郎氏のお陰である。皆様の前でそんなことも言わせてもらった。

 今、官製談合の問題や地方分権等でテレビに引っ張りだこの浅野史郎氏である。ある意味宮城県を喧伝していただいていることは大変ありがたい。

 締めくくりに会場の皆さんに、「私は知事与党ですとか、市長与党ですとそういうことを言うような議員は、議員としての役割を果たしていないと思います。そんな馴れ合いが結果的に夕張市のような財政破綻を招いたのです。議会側の責任も大きい、これからは馴れ合いを無くし議会人として、チェック機関としての責任を果たし立法府としての役割を果たす、そんな議員に投票してください。それが有権者の責務です。」と生意気を言わせて頂いた。
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2006年12月15日

立ち食いそば(2006年12月15日)

 今朝は4時50分に起床し、仙台宮城野倫理法人会で早朝6時から紙幣発行による日本経済の再生≠ノついて約1時間講演させていただいた。40人くらいの中小企業の方々であるが紙幣発行というパラダイム的な考えに賛同を頂いた。
 
 その後、10時の新幹線にて上京。飲酒運転根絶に関する道路交通法や危険運転致死傷罪の罰則強化について極刑を求める為、民主党と自民党に要望をしてきた。折りしも、内閣不信任案の提出が行われており、時間が大幅に変更になったがそれぞれの政党の方々に真撃に対応していただいた。

 飲酒運転者はほとんどが再犯者で逃げ得になったり現行法では抜け穴が多すぎる。極刑にして飲酒運転をさせないような抑止力を持った法整備が望ましいなどの飲酒運転による被害者家族会の方々からの意見も伺った。

 夕方6時には娘としばらくぶりで渋谷でデート。塾からの帰りとはいえ元気そうな娘の成長ぶりに逞しさを覚える(親バカかも?)

 その後、新幹線にて帰路に着く。隣の席には偶然にも楽天の野村監督が「明日新人の入団発表があるので・・・・・・・・・」とのこと、「来季の健闘祈ります。」との会話をし仙台駅に到着。立ち食いそばが目につく。

 昔懐かしい立ち食いそば♂ョに立ち寄りかけそばをいただく。『かけそば』だけどめちゃくちゃ美味しい、小学生時代70円のこの立ち食いそばが食べたくて食べたくて・・・・・。(どういう訳かものすごいご馳走に当時は見えた)
そんな湯気が立っている立ち食いそばの光景を思い浮かべる方々も多いと思う。人の記憶というのは違うが昔を思い出した。
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2006年12月14日

いじめ問題(2006年12月14日) 

 毎日のように、新聞には「いじめ記事」が掲載されている。太白区の中学生男子生徒がインターネット掲示板で名指しで中傷されたうえ、暴行を受けて転校。今回は転校という形で親が守ったわけだが、しかし、イジメを苦に自らの命を絶つ凄惨なニュースは後を絶たない。
                                   私はブログを通して「命は尊く大事なものだ」と命の大切さを書いてきた。
 ”今、目の前の出来事が苦しくて耐え難いかもしれない。しかし、現実から逃げないでほしい。将来に目を向けてほしい。自分で命を絶って、死んで楽になるのか・・・・・・・残された家族は、あなた以上の苦しみを背負い生きていかなければならないことをわかってほしい”
 
 ”先日、私の知人が目の前で倒れて帰らぬ人になった。今この時間にも病気で亡くなられている人々もいる。「生きたい。今日も、明日も、あさっても・・・・・・生きて愛する人と・・・・・」そんな願いをもちながら病気で亡くなっていかれる方を忘れてはいけない。そういった人々から見たら、

 自分自身で死を選択することを、「なんてもったいない事をするのか。命を交換できるものなら、その命をくれ!」と願うだろう。それだけ命とは、かけがえのないものだ。ましてやお金で買うこともできないものである。”
 
 『今、辛く苦しいなら、転んで倒れてもいいじゃないか。いつまでも転んでいることはできない。起き上がらなくちゃと思う時がくる。転ばないように気をつけて歩くのではなく、転んだっていいじゃないか。転んで大声で泣いたって・・・・・そして、誰かに甘えたって』
 人生、誰しも挫折は繰り返され成長していく。今の現状が人生の全てではない。『人間、負けたら終わり・ではない。諦めたら終わりなのだ。』
   (アメリカ合衆国第37代大統領=リチャード・M・ニクソン
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2006年12月13日

一意専心(いちいせんしん)(2006年12月13日)

 年末の挨拶に回りながら一意専心≠ニいう言葉を教わった。言葉の意味は、他に心を向けずひたすらに一つのことに心を集中すること。わき見をせず、そのことのみに心を用いる。とかく人は仕事なり趣味なりに集中してしまうきらいがある(私もその一人であるが・・・・・)

 定年退職された先輩であるが、「定年し、仕事から解放されたのでカミさんとのんびり旅行でもと思ったら、会社!会社!仕事!仕事!と家庭を顧みなかったのに何言ってるんですか?」「今更びっくりするわよ!」と言われたとのこと。

 確かに私も仕事、仕事で自分自身の時間さえない状態である。どうしても仕事人間になってしまうかもしれない。ましてこの時代、仕事を頑張らねばリストラされるという不安もある。「一日一日を味わうことなく時だけが過ぎる・・・・そしてどうしても人の批評を気にしてしまう」

 早朝に家を出て深夜帰宅。子供の寝顔しか見ない。これでいいのかと思う。どうしても社会の評価を気にしてしまうとは、働き盛りの同年代の声。
 
 吉野秀雄さんいう方の詩に「ハガキ一枚 真実かけぬ おろかさを・・・・」がある。たった一枚のハガキにもまわりを気にしてしまい、人の評価をも気にする余り、ハガキに言葉がかけないと言う意味である。まさに今の時代に置き換えられているような感じがする。

 師走に入り一段と忙しくなり「忙しさのあまり、心の目を曇らすことなく」今年も残りわずかの日々を大事に頑張ろうと思い知らされた先輩からの助言であった。
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2006年12月12日

帰宅(2006年12月12日)

 11月定例議会も今日が最終日である。決算も含め、先月15日から約1ヶ月の議会であったが今日で閉会である。様々な諸課題を残しつつも、2006年の議会も今日で終わりかと思いながら一年間を振り返る。

 「いやーさすが年末ですね。ようやく街に人が出てきましたねぇ〜」会合の帰りに珍しくタクシー運転手さんの明るい声である。そうか今日から『光のページェント』の点灯である。業績が悪いと言いながら、今日はよほど人出があったようだ。これが景気の先行指標となるかは難しいが好ましい兆候である。

 帰宅途中、行きかう車のマフラーからは真っ白い「煙」が吐き出されている。それだけ今日は外気が冷え込んでいるのかなぁと思いながら、今朝はこの冬一番の寒さだったことを思い出した。

 寒さ対策を万全にし、師走の年末そして新しい年に向けて健康であることを星に祈りつつ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 アパートのドアを開けた。
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