2006年11月30日

三国志(2006年11月30日)

 この時期になると『三国志』が無性に読みたくなる。『忠臣蔵』『新撰組』『清水次郎長』の日本三大集団劇もスケールに於いては『三国志』に遠く及ばない。

 構成される内容はそれぞれに同じであるが登場人物達の中に好みのタイプを探してみる。感情が入り壮大な物語の中に引き込まれて自分自身がその人物になって空想の世界で遊ぶことができる。

 マンガ横山光輝氏の『三国志』を読んだ若い時分は僕のスターは諸葛孔明であった。あの神業のような知略と冷静さ、私の性格と反対のような、高潔で緻密な孔明に引かれた。

 孔明の次は曹操である。今はどうかそんな思いから、どうしても中国に引かれ、時間があれば西城方面まで足をのばし悠久の歴史に思いを馳せている。

 まさに『兵(つわもの)どもが夢の後』である。物語の中での没我の特権を放棄して『三国志』とは何なのか?中国とは如何なる国であるか?何故に共産主義国家になったのか。今の日中関係に三国史的な発想が存在するのか。日本に向けている中国の政治家達の顔に『三国志』の登場人物を重ねて見てみる。

 しかし、中国に行って感じるのは日本人の方が『三国志』に詳しい印象である。日本の若い世代はゲームやコミックを通して『三国志』と遊んでいる。歴史に思いを馳せながらあれこれと考えるのも楽しいものだ!そういう意味からすると議会も戦場である。
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2006年11月29日

教育バウチャー(2006年11月29日)

 皆さん教育バウチャーをご存じでしょうか。教育バウチャーとは学校への予算配分を児童、生徒単位に行う方式。 あるいは、一旦保護者に補助金を交付し保護者を経由して学校に補助する方式を言います。
 
 教育バウチャー導入が今検討されている。この狙いは保護者に対して我が子が通う小中学校を選択する自由を拡げていくということにあります。私たちの国は子供が通学する小中学校を指定する権限は市町村にあります。これを保護者に移管し親子が自由に学校を選べるようにすることが教育バウチャー制度の意味です。

 そうすることによって学校の浮沈をかけた競争が始まり、学校や教員の質の高い教育を目指す努力が促がされる。その結果私たちの国全体の教育が改善されるのではないかということです。

 確かに児童、生徒数に応じて学校に予算を配分すれば、学校間の競争が促がされ効果があることは事実だと思います。

 しかし、そのためにはその前提として、学校を自由に選択できる権利が保障されていなければなりません。反対に学校を自由に選択できれば、学校の生徒単位ではなくてもいいように思います。

 小中学校における学校選択制は既に東京都品川区が取り入れており、一定の評価を得られているようです。
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2006年11月28日

復党(2006年11月28日)

 昨年の郵政民営化解散、総選挙は何だったのか?
 結局、私達は踊らされただけだったのかと思う方々も多いのではないだろうか。

 郵政民営化に反対して自民党から離党を強いられた「郵政造反組」12人が全員そろって復党願いを提出した。誓約書を提出させ、反省を条件に自民党の復党問題を沈静化させる模様だ。

 当時、自民党が郵政造反組に抵抗勢力のレッテルを貼って「刺客」を送り、劇場型選挙で大勝利を収めてから、まだ1年余りしかたっていない。自民党に復党願いを出した議員は、なぜ今復党なのか、なぜこの時期なのか。私達が違和感を持つのは当然だと思う。国会は唯一の立法機関である。その法案に反対した為に行われた選挙である。説明責任は両方にある。また、公党としての理念や政策が大事だとも思う。特例を許さなかった、あるいは妥協を許さなかったからこそ、小泉政権を国民は支持したのではないだろうか。

 復党問題の根底にあるのは、来年の参院選で支援を仰ぎたい為だとも言われている。また、国民1人当たり250円を負担する政党交付金は、1月1日時点の各政党の議席数と直近の国政選挙の得票率に応じて配分される。約2億5千万円が自民党に入り、復党組の議員にも分配される仕組みになっているからとも言われている。
 皆さんはどう思われるでしょうか。


追伸
 政党交付金は5人以上の現職の国会議員が所属する政党に入ることになっている。1人当たり1,500万〜2,000万円と言われている。
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2006年11月27日

ディープインパクト(2006年11月27日)

 私の事務所にも走れ甲太郎≠ニいうスタッフがいるが、昨日ジャパンカップG1レースが行われた。私は賭け事などはしないが、私の支持者の方で熱烈なディープインパクトファンがいるが、昨日のレースの話を聞かせてくれた。「空飛ぶ馬」とも言われるほどの走りぶりで他の競走馬が太刀打ちできなかったとか。

 しかし、海外での凱旋門賞で薬物検出による失格処分。海外での悪夢から二ヶ月、今回のG1レースが復帰戦であった。競馬会場は多くのファンが詰め掛けた(知人は福島競馬場での観戦)。スタートから一番後ろを走っていたが、第4コーナーを過ぎた頃から大外より追い込んでの快勝。「一番後ろにいて粘り強く先頭を切るとは見習いたい」と知人は興奮覚めやらずであった。

 知人曰く、「調教師がインタビューで山あり谷ありでいろいろあって辛いことがあったが、喜びはその何倍にもなって返してくれた。ディープインパクトありがとうの言葉に、なぜか私は菊地さんを思い出した」と。私をですか?と聞きなおしたところ「そうなんです、菊地さん思い出したんです。選挙で落選し気持ちはどん底だったろうが、よくぞはい上がってここまできたな」と私は知人のさり気ない言葉に胸が熱くなる思いであった。
 
 人間悪いことばかりじゃない。悪いことの後には何倍にもなって良いことが待っているんだと。さり気なく馬の話しに変えて教え励ましてくれた知人。さり気なく簡単なようで一番難しい気配りである。とかく人は自分の考えを押し付けてしまうが、さり気ない心配りができる政治家になりたいものだ。

 来月の有馬記念ディープにとって「ラストラン」だそうだ。ディープインパクト最後の花道を大いに賑わしてほしいものだ。最後まで頑張れ頑張れ(自分に言い聞かせているように)

 追伸 知人は今回当たらなかったらしく、ため息まじりで帰って行った。来月の有馬記念で名誉挽回と言いながら。(〇〇さんほどほどにね)笑
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2006年11月26日

自戒(2006年11月26日)

 私の高校の先輩にあたる松島町長であった内田鉄夫先輩が中学校校舎の工事に伴い予定価格を漏らし、入札妨害容疑で逮捕された。

 改革派、「官から民へ」の先駆者でもあり、宮城県町村会の会長として活発に地方分権の発言をされていた。 個人的にも先輩後輩の間柄だったので、残念でならない!内田会長がまさかと、まだ信じられないところもある。

 一心以って邦を喪(うしな)うべく邦を興すべし 心の持ち方次第では国を滅ぼすこともできるし国を盛んにすることもできる。 公の立場と私の立場の違いから起こる。つまり錯覚から起こるわけである。後に続く言葉としては只、公私の間に在るのみ≠ニなる。

 政治に携わる者の心構えを説いた程明道の言葉である。為政者が私利私欲に走らず、公の立場を優先すれば国家は栄える。その反対は言うまでもないことであるが権力と欲政治家は自戒していかなければならない。
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2006年11月25日

学区制(2006年11月25日)

 今朝は寒さが厳しかったが、良い日和になってきた。

 小学3〜4年を主体にしたサッカー親善大会に出席をした。岩切小学校の校庭を2つにして、12チーム2ブロックにしてのリンク制で、A、Bの第1位同士が決勝で優勝を決める。いつもは5〜6年生の上級生の補欠部員である3〜4年生であるが、今日は自分達が主役である。うれしさと不安が顔に表れている。グラウンド狭ましと回る子供達の姿は良いものである。(子供達へ将来の夢に向かって頑張ってほしい。)

 普通高校の学区制の見直しが、今進められている。通学区域に関する制度(学区制)は、高校教育の普及およびその機会均等を図るため、昭和23年に教育委員会法により定められ、宮城県では昭和25年に生活圏、学校数、収容人数、通学距離、交通網の実態等を考慮し、全日制課程普通科について13の通学区域を定めた。
 その後、受験競争の激化への対応として、昭和52年には、仙台学区を南北に分け、平成13年には、生徒達の多様なニーズに応えるため、学校選択の自由を拡大し「3%枠」の設定などが進められた。
 現在、南部地区(刈田柴田学区・伊具学区)中部南地区(亘理名取学区・仙台南学区)中部北地区(仙台北学区・塩釜学区・黒川学区)北部地区(大崎学区・遠田学区・登米学区・栗原学区)及び東部地区(石巻学区・飯野川学区・本吉学区)の5地区・14学区となっている。
 なお、全日制課程の専門学科(工業・商業・農業・理数科・英語科・体育科等)および総合学科並びに定時制課程は、通学区域は全県1学区である。
 
 既に学区を撤廃した都県は12都県に上がっている。遠距離通学者が増えた程度で、主要進学校への集中やその他懸念された格差は余りみられないとの回答である。
 子供達の個性が生かされるような改正をしていかなければならない。
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2006年11月24日

おばあちゃんの話し(2006年11月24日)

 介護予防を重視した改正介護保険法が4月から施行されて7ヶ月がたった。「要介護」と「自立」の中間に当たる「要支援」に認定され、筋力トレーニングなどに取り組むお年寄りがいる一方で、体調は変わらないのに利用してきた介護サービスが受けられなくなった方もでてきている。

 介護保険法改正で、状態の改善が見込める「要支援」者には機能向上トレーニングなどの新サービスが創設された。増え続ける給付費を抑える国の狙いがあり家事援助は「自立の妨げになる」として利用量が大幅に制限された。

 近所の独り暮らしのおばあちゃん(84歳)は今月、要介護2から要支援2に変わり利用できる介護サービスが大幅に減ったと『嘆いておられた』

 週6回の家事援助は2回に減り、通院介助や介助タクシーが使えなくなった。 これらを賄うため、出費は7万円ほど増えた。 おばあちゃんは「体は少しずつ良くなってきたがサービスを減らされ、散々だ」と困っておられた。

 介護予防の方向性は間違っていないが介護判定が実態にあっていないという点が視的されている。要支援者へのきめ細かい指導が課題である。地域包括支援センターもまだまだ機能していない問題がでてきている。今年は住民税や国民健康保険料が上がり高齢者の負担感が増している。こういう時こそ政治の出番である。ガンバロー
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2006年11月23日

景気が良い?(2006年11月23日)

 景気拡大は「いざなぎ景気」を超え戦後最長を更新した。と誠に景気のよい言葉が新聞を賑わせているが実態はどうであろうか?

 今日は勤労感謝の日であるが、地域でのイベントや行事に参加をし、皆さんにお話を伺うが景気の良い話しは返ってこない。

 2002年2月に始まった現在の景気拡大状況は今日で58ヶ月となり、期間としては「いざなぎ景気」(1965年11月〜70年7月)を抜いて最長を記録している。

 景気拡大が続くのは喜ばしいが、私も含め皆さんと一緒に手放しで喜んでいられる状況ではないようだ。私達市民の実感は、乏しいのが現実ではないだろうか?先行きにも不透明感が広がりつつあるのも事実だ。私たちが景気の良さを肌で感じられないのは、中身が大きく違うことにも原因がある。

 経済成長率を見ると今回は平均で実質2.4%、高度成長期のいざなぎ景気では平均11.5%もあった。とても比べものにならない。しかし、最も大きな理由は個人の給与や個人の所得が伸びていないことである。

 厚生労働省の統計などによると勤労者一人当たりの給与は02年2月に34万3千円だった。 今年9月は33万5千円で8000円以上下回っている。

 今回の景気拡大は、リストラや人件費抑制などを進めることによって企業業績が回復し、米国、中国などの好況で輸出が好調だったことが主な要因である、しかし、国内総生産(GDP)の6割を占める個人消費が伸びなければ真の景気回復・拡大とはいえない。

 その肝心の個人消費がこのところ下がっている。11月の月例経済報告も個人消費の判断を「伸びが鈍化している」から「おおむね横ばい」に下方修正された。
 
 今の景気回復を維持させるためには、個人所得を伸ばし個人消費を拡大しなければならない。個人の所得格差と中央と地方の経済格差を正さなければならないことが最も大切だ。
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2006年11月22日

決算特別委員会(2006年11月22日)

 午前10時より、平成17年度の宮城県の決算を認定する決算特別委員会の質疑が行われた。私の質疑は午後4時からである。

 予算が正しく使われ、成果として良かったのか?そして、その反省の上に次年度の予算にいかされたのかを問う大事な質疑である。しかし、予算の質疑と違い正直なところ予算執行後である為、形がい化しつつもある。(議会人として反省しなければならない)

 新知事(県政)になってから、厳しい議論は鳴りをひそめ、このところ馴れ合い宮城県議会マスコミも含め、批判されている。北海道の夕張市の二の舞だけはどうしても避けなければならない。議会人としてチェック(審議権) をしっかりと行使していかなければならない(強い決意)

 今日は、時間も短いので以下のような質問をした。「自治体の資金調達の環境が今、大きく変化をしてきている。その変化の中で地方債が一つのテーマである。そのベクトルは地方自治体に向けられているので、夕張市の財政破綻に象徴されるように自治体の自己決定。自己責任による地方債の完全自由化であり、護送船国方式にによる無責任体制からの脱却という重い責任を課せられている。」

 「また、地方公募債(県政〜公債)金利決定での統一交渉方式には、公取から独禁法違反との警告が発せられ先進的な自治体では共同から自己調達の取り組みが始まっている。議会に対しても期待されているガバナンス監視機能を果たしえない場合には、再生破綻制度の上から政治的責任も問われる時代になってきている。このことを私たちはしっかりと認識しなければならない。」

 「平成19年度から郵政公社資金の廃止、20年度中には公営企業金融公庫のの廃止等により、各自治体は政府資金に替わり民間資金から調達をしなければならない。」

 「しかし、資本市場からは財政状況や経済の合理性から冷徹に格付や評価されることになるので、今後の自治体を経営していくという意味からの覚悟を伺った」。

 新税の導入やケヤキ債(宮城県が発行)の売れ行き具合が厳しくなる等、あまり歯切れの良い答弁ではなかったが、責任を持ってチェックしていきたい。
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2006年11月21日

小春日和(2006年11月21日)

 昨日の土砂降りと打って変わって、朝から「小春日和」である。この小春日和の文字で季節を想像するならば「春」と思われる方が多いと思う。 この時点で読まれている方の中には「違う、違う、春じゃないよ」とパソコンに向かって、突っ込みを入れている方もいらっしゃるかもしれない。

 小春日和とは11月から12月上旬の暖かい日をさして春に例えられる言葉である。小春とは旧暦10月を言うんだそうである。現在の暦では11月から12月上旬に値する。まさしく今日のこの青空を小春日和と言うのではないだろうか。

 榴ケ岡公園の歩道を、お父さんと男の子(三歳位かなぁ)が仲良く似たようなジャンパーを着て歩いていた。なにげにその姿を見て「子供は大人の鏡」だなぁとしみじみ感じた。

 お父さんがポケットに両手を入れて歩いていると、その真後ろをお父さんを小さくしたような男の子が得意気に同じ格好で後を歩いている姿はなんとも愛らしく、その光景に目を細めてしまった。

 世の中、虐待だのイジメだのと言われているけれども、今日の親子の仲の良い光景を拝見し、親子の絆に勝るものはないなと力を込めて言いたくなった。(笑)
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2006年11月20日

感謝(2006年11月20日)

 今日は支持者の方々からの支援で「菊地ふみひろを励ます集い」をメトロポリタンにて開催して頂いた。パーティとなると立食にて約1,000〜1,500人程の方々にお集まり頂いておりましたが、今日は200人と限定させて頂きテーブルに着席にて会食をして頂く初めての試みであった。

 講師には特別ゲスト「新党大地衆議院議員 鈴木宗男先生をお招きしてご講演頂いた。

 鈴木先生の言葉の中に「人生とは自分が思った通りには動いてくれない」確かに挫折を味わい自分だけが人生の中で、あるいは世の中で辛く苦しいと思ってしまう。そんな時「私を(鈴木先生)を思い出してほしい」と「自分より鈴木の方がどん底を経験している。鈴木より!鈴木に比べればまだましだ!」と思い出してくれと言葉を残され、次の予定へと向かわれた。

 今回、ご出席された方々からは「また宗男先生を呼んで下さい」「またぜひ講演を聞きたい」とお願いされたほどである。鈴木先生からみたら、自分なんかはまだまだ政治家としては発展途上にあると思っている。にもかかわらず、来仙して頂いたことをこの場をお借りして深く感謝と御礼を申し上げたい。このたび、私のために土砂降りの雨にもかかわらず、高い会費の中、ご出席いただいた多くの支持者の皆さんに対しても、心から厚く御礼申し上げます。誠にありがとうございました。今日、皆様からの心暖かい激励を頂戴し「政党は関係ない!菊地君個人を応援しているから頑張れ!」「党のしがらみがない今だからこそ、力を発揮しろ!」等叱咤激励のお言葉を頂き、私は胸が熱くなり、床に入ってからもなかなか眠ることもできませんでした。私は、皆様おひとりお一人に支えられて活動させて頂いていることを今ふたたび認識させられたパーティであった。

 昨年の落選で私は、どう立ち上がろうか、再起動させて頂くかと考えている時に“坂村真民”さんの『人生は一度きりだから、ころんでも立ち上がり前向きに生きてゆくのだ』に感銘した事を、今日のパーティで再び走馬灯のように思い出し、「菊地、いい年にしてまたやんちゃしている」と思われるように、自分の信念を曲げず、人生一度きりだからこそ言った事には責任を持ち、例え険しい道のりであっても菊地文博を支え応援してくださる方々がいる限り、前向きに力の限り、己の道(信念)を突き進んで行こうと決意をした。ありがとうございました。感謝、感謝
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2006年11月19日

納会(2006年11月19日)

 9時から宮城野区「スポ・レク祭」午後からは「岩切リーグの納会」「仙台市ソフトボールリーグ協会の納会」「新田剣道会の納会」等、今日はスポーツ関係の一年の締めくくりの会が相次いだ。よく一年の計画は年の始めの春に立てるべきである、同様に一日の計画は、その日の朝に立てなければならないと言われる。ものごとは、最初のプランが一番肝心だという戒めである。同様に「一年の計は元旦に在り」も同じ意味の格言である。

 新しい年を迎えると、だれしも“今年こそは”と覚悟を新たにする。要はプラン倒れに終わることなく、どんなに小さな計画でも、元旦に決めたことは、その年のうちにやりぬく事が大事である、と思うのであるが、皆さんも一年を振り返って(まだ早いような感じもするが)いかがでしたでしょうか?私は反省しきりです。
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2006年11月18日

株を守りて兎を待つ(2006年11月18日)

 土曜の夕刻であるが、午後4時から杜の都政治スクールの受講生と一緒に久しぶりに佐々重ビル前で街頭演説を行った。道行く人々の姿はすっかり冬模様である。立ち止まって耳をかたむけてくれる方≠るいはかけ寄って握手をしてくださる方℃vいがけない反応に意を強くした。

 道行く買い物姿の方やドライバーのクラクションによる声援に感覚的に何かすこしずつ世の中の流れが変わってきているような感じを受ける。中国の韓非子の本の中に(秦の始皇帝が尊敬した法家の思想家)『株を守りて兎を待つ』という一説がある。

 木の切り株の番をして兎の来るのを待つ、と言う意味である。正しい訳は旧習に固執して新しい状況に対応できぬ愚かさを笑った言葉の故事である其のすきを捨てて株を守り、また兎を得んと冀う≠ニ訓む。

 古代中国の宋の国の百姓が、ある日畑に行くと兎が木の切り株に頭をぶつけて死んでいた。それから、その百姓は毎日株のある所で兎の来るのを待っていたが、兎は二度と来なかった。(あたり前である)

 いつまでも旧いやり方にこだわるのを守株と言うのはこの待ちぼうけ≠ノ由来している。去年のサプライズはそろそろ終演となってきているような感じがする。果たして沖縄県知事選の行方は・・・・・・・?
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2006年11月17日

知事逮捕(2006年11月17日)

 福島県では官製談合に絡み、知事が収賄罪に問われた。また、県発注の公共事業を巡る官製談合で「県政が混乱した責任」を取り辞職を表明した和歌山県知事が、談合に加担した疑いで大阪地検に逮捕された。

 どうすれば再発を防げるのだろうか?宮城県でも以前に官製談合事件が発生し、職員が逮捕された。また、県会議員も複数逮捕された。その時の衝撃は今も忘れることができない。

 そこで入札制度の改革がなされた。効果があったのかどうかは分からないが、1,000万円以上の工事は一般競争入札にする原則である。誰が入札に参加するか見当がつかない。一般競争入札なら、限られた仲間だけの談合にはならないだろうと言う考えからであった。

 一方では公共事業における談合への罪の意識が希薄なのではないだろうかといったことも言われた。 誰もがやっている。 見つかるようにやってしまっただけだ「バカだよなあ」。被害者は誰なのか。スピード違反と一緒。その程度の認識しかなかったとも言われていた。

 また、談合は「仕方がない」「業界の保護が大事」「地域の景気と雇用の為に必要」と言った受け止め方もされる。自治体の首長も、そして、行政を監督する地方議員も公共調達の入札改革に本気で取り組み、目に見える結果を出さなければならない状況である。

 そうしてる間にも、名古屋市、宮崎県でも問題が発生。地方分権や自立を唱えるためには、いい加減な馴れ合い的な自治体や議会であってはならない。

 
 
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2006年11月16日

諸事雑感(2006年11月16日)

 西武ライオンズの松坂投手がポスティングシステム(入札制度)でレッドソックスとの交渉に入ると大きく報じられた。60億円と言われる、さすがは大リーグと思いながらも破格の提示で松坂投手への評価が高いことを示している。とてつもない金額でピンとこないくらいだが、松坂投手には、ぜひ大リーグで大成功し「日本プロ野球ここにあり」と子供たちに大きな夢をあたえてほしい。

 昨日9時過ぎ、北方領土の先で大きな地震があった。会合先で知らされ帰りの車の中で早速テレビとラジオで情報を聞く。津波警報も発せられた。北海道や東北で被害が出るのではないかと心配し早速、県の危機管理管に連絡。地震発生と共に緊急体制が取られ、職員の皆さんはすでに自宅から駆けつけ所定の位置についている。

 「情報も速やかに伝達され、北海道の地域住民の方の対応も迅速に行われたようで、本県でもマニュアル通りに・・・・・・」と聞く。それなりの体制がとられ教訓が生きていることについて安堵した。

 今、各町内会毎に災害時避難所開設運営関係研修会が開催されている。1.避難場所別町内会の名簿の作成 2.指定避難所の組織表の作成 3.避難場所の指定 4.指定避難場所の確認等、災害時におけるスムーズな対応と自主的な防災意識の普及の為である”備えあれば、憂いなし≠ナある。

 いま一度、災害時に必要なのものが押入れの奥にしまわれていないか?自分達でできることは、時々チェックしておかなければならない。それこそが本当の意味での自主防災であり、”備えあれば、憂いなし”である。


 
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2006年11月15日

七五三(2006年11月15日)

 男の子は3歳と5歳、女の子は3歳と7歳。その年の11月15日に成長を祝い神社・氏神などに詣でる日本古来の年中行事である。11月の土曜・日曜は おちゃま≠ノお澄ましして女の子、男の子が父母やら祖父母たちに連れられてお参りしている姿が微笑ましい。

 ちょっと大人になった気持ちなのだろう・・・・・あのお澄ましは。我が家の娘も七五三を迎えたのが昨日のことのようである。あんなに小さかったのに、あわや私の背丈を追い越す勢いで元気に成長してくれている。ありがたいの一言である。

 七五三の由来を調べてみると、旧暦の15日はかつて二十八宿の鬼宿日に当たり何事をするにも吉である。また旧暦の11月は収穫を終えて神に感謝する月である。よって収穫の感謝を兼ねて子供の成長を感謝したと印されている。

 3歳は髪を延ばす「髪置」、5歳は初めて袴をつける「袴着」、7歳は紐付きの着物に代わって本仕立ての着物と丸帯に代わることから「帯解・紐落」とそれぞれの年の意味合いがあるそうです。(しかし今はインターネットで物知りになりますね。辞書を開かずとも調べられる。)

 話しのねたで調べたが、皆さんご存知でしたか?千歳飴の長さ?子の長寿の願いを込めて細く長く直径 15mm以内 長さ1メートル以内。長さにも縁起があるとは・・・・あっぱれ!

 子供の成長を祈る親心は全世界同じである。生まれてくるまでは五体満足ならと願ったのに、いつの間にやら「勉強しなさい!塾に行きなさい!何で成績が悪いの!朝は早く起きて・・・」等など、つい口喧しくなってしまう。親としては反省もしなければならない。

 ある住職の法話で「子供へのしつけは良いが、時には行き過ぎたしつけの言葉の頭にお≠ェ付く場合を見かける」と言われた。お???♀Fさん分かりますか?「おしつけ」と言う言葉である。なるほど!「しつけ」「おしつけ」親として肝に命じようと感心させられた。ありがたいお言葉である。
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2006年11月14日

強行採決(2006年11月14日)

 教育基本法案が与党単独で可決された。高校必修科目の履修漏れ、いじめ問題、教育者の自殺にタウンミーティングでのやらせ質問(政府に有利な発言をさせる為に謝礼金を払っていた。)等、様々な教育現場での課題がある中で、強行採決は果たしてどうなのであろうか。

 内容は1947年に制定された教育基本法を初めて全面改定するもので、「我が国と郷土を愛する態度を養う」との表現で「愛国心」が盛込まれた。

 埼玉県本庄市で中学3年生が自殺。奈良市でも中学3年生自殺。なんとも悲しいニュースである。イジメは問題マスコミはあまりにもこの言葉を使いすぎるような感じもする。教育関係者、先生、政府の人間もあるいは私達も「イジメに負けるな」とか「イジメは間違っている」等と言ってしまう。どこかに大人社会の縦並び社会、あるいは「勝ち組」「負け組」と子供達の社会にも二極化が進んできているのではないだろうか。

 「子供は子供だ」と誰しも思う。でも子供にも「社会のルール」があることを理解しなければならない。子供だって悔しい思い、悲しい思い、孤独を感じたり、憤りを感じることがある。決して子供はいつも無邪気に笑っているわけではない。

 「イジメ」という言葉を言ったら「かっこ悪い、負けた」というイメージがあって納得したくない。だから耳をふさぎ、黙認してしまうような環境ができてしまっているのではないか。

 私達大人の知らない意識として取り組んでいかなければならない大きな問題だ。子供の週辺で起きている事故、事件、自殺等など社会問題の現場と強行採決の大きなギャップを感じた。
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2006年11月13日

孟母三遷(もうぼさんせん)(2006年11月13日)

 子供のため最善の環境を整えるという意味がある。また・・・秋田で実母による子供殺し事件・・・。情けないの一言では済まされない。 腹立たしいというか・・・・。

 この母親の男関係の複雑な構図、2度離婚し、一度目の結婚で女の子を授かっているが離婚。二度目の結婚で今回の男の子を授かるが、またしても離婚。女の子は母方の実家で引き取られている。報道によると育て方に問題があり実家に引き取られたとのこと。

 まずこの時点で気づくべきである。『自分は子供を、いや人間を育てる能力も母性もないこと』にである。あえて声を大にして言いたいのは、この男の子は実父の記憶はおそらくないのではないだろうか。物心ついた時には、毎回違う「おじちゃん」が家に来る生活に母親を責めることもできず、ただ母親の言われた通りにして母親の背中だけを見つめて・・・・・・・・・・子供と向き合うこともせず。

 確かに母子家庭の中で、心の拠り所を異性に求めることもあるだろう。それが悪いとは言わないが、ただ異性と会う為に邪魔だからとか、子供がうるさいからとか自分の都合を子供に当てはめてあたかも、子供がいる為に自分が自由になれないから不幸だと思い込み、逆恨みし、虐待し続けた。そして死にいたらしめるという『鬼母』以外の何ものでもない。人間の仮面をかぶったまさに鬼である。

 この母親は泣きながら捜査に加わっていたとか・・・・子供を殺していて、ここまで演技ができるものなのか? 男親は自分の腹を痛めてわが子を産んでいないからか、子供との接触が母親に比べれば薄いかもしれない。しかし、母親は約10ヶ月自分のお腹を痛めて、我が子への愛情も計り知れないと思う。

 私は甘いか・・・・・・。子供は勝手に生まれてきたのではない!あなた方をお父さんに、お母さんにと子供自らが選んで産まれてきたことを分かってほしいと思う。子供はあなたの私用物ではない。天からの授かりもの預かりものなのだ!

 だからこそ大事に慈しみ育てることが、そして歳月が経った時、育ててよかったと必ず涙する時が来る。どうかその日まで大事に天子を見守ることが親の責任であり、そうあってほしい。
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2006年11月12日

愛すべきみつぐちゃん(2006年11月12日)

 事務所にボランティアでよく手伝ってくれている、みつぐ君というのがいる。通称みつぐちゃん。独身である(以下みつぐちゃんで紹介したい)。地元のナンバースクールを卒業し、東京大学を出て、土木関係の仕事をしていたがリストラに合い、かわいそうであるが今は浪人中である。

 日曜日であるが、今日も元気よく手伝いに来てくれた。様々な知識が頭につまっているようで『よくしゃべる』手を動かすより、口のほうが動く。「少しみつぐちゃん黙って仕事してくれ。」「はい、分かりました。」
しかし、それも2〜3分間だけであり、またいつもの調子に戻ってしまう。

 10月1日からJRのダイヤが改正された。そこで時刻表を誰が買ってくるかの話になった。みつぐちゃん「私買ってきます。本屋ですか、駅に行ったらいいですか?」 小山所長「駅が近いべさ。」 みつぐちゃん「議員、傘貸してください。行ってきます。」そんな会話が交わされ元気に雨の中を時刻表を買いに行った。

 しかし、20分〜30分しても帰ってこない。なんで陸前原町駅に行くのにこんなに時間かかっているんだろう?「遅いなぁ〜」

 その後1時間たっても戻らない。携帯に電話をかける「みつぐちゃん、どこまで買いに行ったのや?東京までか?」「今、仙台駅のキヨスクでぇ〜す。」という元気な声が返ってきた。

 「え〜、何で仙台駅?」「だって駅で買って来いと言うから〜・・・・・。」(ちなみにバスに乗って仙台駅まで行って380円の時刻表を買いに行った)「私にとって駅は仙台駅しかありませんから」、「えーーーーー!」事務所全員で大爆笑。愛すべきみつぐちゃん≠ナある。今どきこれほど真面目な?男はいない。
笑いが絶えない一日であった。皆さんの回りにも、こういう面白い方いますよねぇ・・・(笑)
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2006年11月11日

山紫水明(さんしすいめい)(2006年11月11日)

 今日は朝からあいにくの雨である。地元小学校の学芸会に出席した後、車からの広瀬川。仙台沖積平野を形成した私達仙台のシンボルである。その広瀬川にも冬の使者ハクチョウやガンが飛来している。先週栗原市方面へ視察してきた(温泉掘削地)。伊豆沼、内沼は
ハクチョウやガンの飛来地としてラムサール条約の登録湿地にもなっている。その、すぐ近くの迫川河川公園(旧若柳町)にも十月の中旬にはもうハクチョウ達が飛来してきたらしい。

 この地域では10月から翌年の4月頃までシベリアから何千キロも旅をしてきたハクチョウ達がのんびりとくつろぎ、えさを啄ばんでいる姿を見ることができる。

 不思議なことに人が近づいても逃げない。子供達がパンくずのようなものを口元まで持っていくと見事に「パクッ」とパクつく光景がなんとも愛くるしい。 ついその姿に目を細めてしまった。

 時々48号線を山形方面に向かう。関山トンネルを越えると峠の茶屋的雰囲気の店がある。その店から川の方へ歩いていくと大きな滝にでくわす。目にも鮮やかな紅葉。

 落差20メートルの滝が幅いっぱいに広がり、錦の色織りが水面を乱舞する。滝越しに燃え盛る樹々、なんとも言いようのない風景。紅葉狩り*恬t集の中にも登場する言葉である。狩猟をしない貴族たちが自然を愛することを狩りに例えたと言われている。身体全体が紅くそっまていくような錯覚さえ感じる。

 なるほど〜!目によるハンティングである。五感の全てで感じる季節の移ろい=I。この感じるこのことこそが狩り≠ニいう意味なのだろう。
posted by きくちふみひろ at 15:24| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記